厳しい試練が必要

地上人生は一つの長い闘いであり、試練です。

魂に宿る可能性を試される戦場です。

魂には、ありとあらゆる長所と短所が秘められています。

つまり動物的進化の名残りである、下等な欲望や感情もあれば、存在の源である神的属性も秘められています。

そのどちらが勝つか、その闘いが人生です。

地上に生まれてくるのは、その試練に身をさらすためです。

人間は、完全な神の一部を与えられて生まれています。

が、それは魂の奥に潜在しています。

それを引き出して磨きをかけるためには、厳しい試練が必要です。
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# by ice-kiss | 2018-08-15 20:58

神の帳簿は収支が合う

神の帳簿は一円の間違いもなく、収支が合うようになっています。

つまり、人間の行動の一つ一つに、賞と罰が正確に与えられます。

原因があれば必ず、それ相当の結果があるのです。

どんな苦しみにもそれ相当の償いがあり、体験を積めばそれ相当の教訓が身につきます。

片方なしに、もう一方はあり得ません。

体験もせずに、どうして教訓が得られるでしょう。

そして教訓を学んだ時から、その教訓を生かす義務が生まれます。

何も知らずにした罪よりも、悪いと知りつつした罪の方が悪いに決まっています。
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# by ice-kiss | 2018-08-14 20:05
人間の大きな問題点は、やむを得ないことですが、人生を間違った視点から見ていることです。

つまり、あまりにもこの世的、物質的な観点からのみ人生を考えていることです。

人生には確かに地上的な要素がありますが、同時に霊的なものであり、永遠に続くものです。

その永遠なるものを、地上的視野だけで眺めてはいけません。

それでは十分な判断が出来ません。

人間には一人の例外もなく、善悪ともに埋め合わせの原理が働くのですが、地上人生だけで判断しようとすると、全ての要素が考慮できません。
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# by ice-kiss | 2018-08-13 20:52
大勢の人が、真の実在であり全ての根源である、魂に全く気づかず生きています。

こうして生きているのは、霊的存在だからです。

魂が肉体を道具にして生きていることが、理解できないのです。

人間には魂があると信じている人でも、実在は肉体で魂は付属物と思っている人がいます。

本当は、魂が主体で肉体が従属物です。

つまり本当のあなたは霊なのです。

生命そのものであり、神性を宿す永遠なる存在です。

肉体は魂が機能を果たすように出来ています。

その形としての存在は、ほんの一時的なものです。

用事が済めば、崩壊してしまいます。

が、誕生の時に宿った魂、これが大事なのです。
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# by ice-kiss | 2018-08-12 20:41

地上で報われない時は...

地上で報われない時は、霊界で報われます。

神をごまかすことは出来ません。

永遠なる法則が、全ての出来事をチェックしているからです。

その働きは完璧です。

宇宙を創造したのは愛です。

無限なる神の愛です。

無限なる愛がある以上、そこに慈悲がないはずはないでしょう。

なぜなら、慈悲、寛容、公正、慈善、思いやり、愛、こうしたものは全て神の属性だからです。

苦難はなくてなならないものです。

魂の向上は、どうすれば得られるでしょう。

楽な人生で得られるでしょうか。

楽でないから価値があるのです。

もし楽に得られるなら価値はありません。

身についてしまえば、楽に思えるでしょう。

身につくまでは、楽ではなかったのです。
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# by ice-kiss | 2018-08-11 20:45

霊訓中の霊訓


by ice-kiss