「人間は地上でたどるコースを、生まれる前からあらかじめ分かっています。」

一 地上でたどるコースを知っているのなら、その結果得られる成果も分かっているのですか?

「分かっています。」

一 そうなると、前もって分かっていることをわざわざ体験するために生まれることになります。
そこにどんな意味があるのでしょう?

「地上に生まれる目的は、地上から霊界に戻った時に、霊界ですべき仕事があり、そのための霊的資格を身につけることです。

前もって分かっているからといって、霊的進化に必要な資格を身につけたことにはなりません。

たとえば、世界中の本を全て読むことは出来ても、その読書によって得た知識は、体験によって強化されなければ身についたとは言えません。

霊的成長は実際に体験し、それにどう対処するかで決まります。

それが地上に生まれる目的です。」
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# by ice-kiss | 2017-11-27 20:07
一 大きなカルマを背負って生まれた人が、何かのキッカケで愛と奉仕の生活に入った場合、そのカルマがいっぺんに消えることはありますか?

「自然法則の基本は原因と結果の法則、つまり因果律です。

カルマもその法則の働きの中で消されるのです。

途中を飛び越えて、いっぺんに消えることはありません。

原因があれば必ず結果が起きます。

その結果の中に、次の結果を生む原因が宿っています。

これは、ほとんど機械的に働きます。

質問者が言うように、ある人が急に愛と奉仕の生活に入ったなら、それはそれなりにカルマを消滅させます。

しかし、いっぺんにではありません。

愛と奉仕の生活を積み重ねるうちに徐々に消え、やがて完全に消滅します。

カルマという借金を全て返済したことになります。」
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# by ice-kiss | 2017-11-26 20:07
闇の中にいるよりは光の中にいる方がよろしい。

無知のままでいるよりは、法則を多く知った方がよろしい。

何もしないでじっとしているよりは、真面目に根気よく真理の探求に励む方がよろしい。

向上を目指して奮闘する方が良いに決まっています。

死後存続という事実は、真理探求の終着駅ではありません。

そこから始まるのです。

自分が神の一部であること、そのため何の苦もなく、何の変化もなく、死の関門を通過できるという事実を理解した時、それで終わりではありません。

そこから本当の意味で生き始めるのです。
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# by ice-kiss | 2017-11-25 19:22

苦難の道は無限に続く

一 これからも無限に苦難の道が続くのですか?

「そうです。

無限に続きます。

なぜなら、苦難の試練を通して、神性が開発されるからです。

金塊が、ハンマーで砕かれ磨きをかけられて輝くように、神性も苦難の試練を受けて、強くたくましく輝くのです。」

一 それで死後に天国があると言えるのですか?

「今日天国と思えることが、明日は思えなくなります。

なぜなら、今より高いものを目指して努力するところに、真の幸福があるからです。」
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# by ice-kiss | 2017-11-24 20:20
一 自殺によって霊界に行くことは許されますか?
たとえば最愛の伴侶を亡くした人の場合です。

「許されません。

法則に従って寿命を全うしなければなりません。

神の法則は常に完璧だからです。

完全な愛によって、つまり全存在に宿り全存在を通じて働いている、神の意志によって支配されているからです。

その法則の働きに干渉する権利は誰にもありません。

もし干渉して、与えられた寿命を自らの手で切り上げれば、それに対する代償を支払わされます。

たとえば、リンゴを熟さないうちにもぎ取れば、リンゴの美味しさは味わえません。

それと同じで、霊的に熟さないうちに無理やり次の世界へ行けば、長い期間に渡って辛い体験を支払わされます。

しかも、愛する人にも会えません。

その法則に背いた行動がミゾを作るからです。」
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# by ice-kiss | 2017-11-23 20:10

霊訓中の霊訓


by ice-kiss