大半の人間は地上だけが人間の住む世界だと考えています。

現代の生活が人間生活の全てであると思い込み、そこで、物的なものを、いずれは残して死んでいかねばならないものなのに、せっせと蓄積しようとします。

戦争、流血、悲劇、病気の数々も、元はと言えば、人間が今この時点において立派に霊的存在であること、つまり人間は肉体のみの存在ではないという生命の神秘を知らない人が多すぎるからです。

人間は肉体を通して自我を表現している霊魂(スピリット)なのです。

それが地上という物質の世界での生活を通して魂を生長させ発達させて、死後に始まる本来の霊の世界における生活に備えているのです。
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# by ice-kiss | 2014-06-09 22:09
あなた方人間こそ“死者”です。

本当の生命の実相を知らずにいるという意味で、立派な死者です。

神の宇宙の美しさが見えません。

地上という極小の世界のことしか感識していません。

すぐ身のまわりに雄大な生命の波が打ち寄せているのです。

愛しい人たちはそこに生き続けているのです。

そしてその背後には幾重にも高く界層が広がり、測り知れない遠い過去に同じ地上で生活した人々が無数に存在し、その体験から得た叡智を役立てたいと望んでいるのです。
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# by ice-kiss | 2014-06-09 02:03
苦痛と老いと疲労と憂鬱から解放された人をなぜ悲しむのでしょう。

暗闇から脱して光明へと向かった人をなぜ悲しむのでしょう。

霊の本来の欲求である探求心を心ゆくまで満足できることになった人をなぜ悼むのでしょう。

それは間違っております。

その悲しみには利己心が潜んでおります。

自分が失ったものを嘆いているのです。

自分が失ったものを自分で耐えていかねばならないこと、要するに自分を包んでくれていた愛を奪われた、その孤独の生活を嘆き悲しんでいるのです。
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# by ice-kiss | 2014-06-07 21:59

死は第二の誕生

“生”を正しい視野でとらえていただきたい。

その中で“死”が果たしている役割を理解していただきたいと思います。

人間はあまりに長い間、死を生の終わりと考えて、泣くこと、悲しむこと、悼むこと、嘆くことで迎えてきました。

私たちは是非ともその無知 ー 死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なす無知を取り除きたいのです。

そして死とは第二の誕生であること、生の自然な過程の一つであること、人類の進化における不可欠の自然現象として神が用意したものであることを理解していただきたいのです。

死ぬということは生命を失うことではなく、別の生命を得ることなのです。

肉体の束縛から解放されて、痛みも不自由も制約もない自由な身となって地上での善行の報いを受け、叶えられなかった望みが叶えられる、より豊かな世界へ赴いた人のことを悲しむのは間違いです。
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# by ice-kiss | 2014-06-06 22:13
人生は全て法則によって支配されております。

天命・宿命・運命 ー こうした問題は何世紀にもわたって思想家の頭を悩ませてまいりました。

では真相はと言えば、法則の内側にもまた別の次元の法則が働いているということです。

宇宙には何人(なんびと)にも動かしがたい基本的法則がまず存在します。

そして、それとは別に、自由意志を行使できる法則もあります。

ただし、自由意志による行為が原因となってそれ相当の結果が生じます。

それは絶対に避けることはできないということです。
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# by ice-kiss | 2014-06-05 22:25

霊訓中の霊訓


by ice-kiss