死後にも生命は存在します。

いわゆる“故人”も今なお生き続けております。

地上圏へ戻ろうと思えば戻れますし、現に戻っております。

しかし、ただそれだけの表面上のことだけでこの問題を片づけてはなりません。

なぜ生き続けることができるのか、どういう過程で甦るのか、新しい生活にとってそれまでの生活はどういう影響を及ぼすのか、地上と霊界とはどういうつながりになっているのか、死の門をくぐった後にどういう体験をしているか ー 地上での言動や思想が向上を促しているか足を引っ張っているか、地上の人間に伝えるべき教訓として何を学んでいるか……こうしたことが宗教にも科学にも政治にも経済にも芸術にも国際関係にも影響を及ぼすのです。

永いあいだ人類を苦しめてきた問題に新たな光を当てることになるからです。
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# by ice-kiss | 2014-04-17 08:28

無数の生命の相

無数の生命の相が互いに融合しあっております。

境界線のようなものは存在しません。

一方の側に物的なものが存在し、他方の側に霊的なものがあって、それが混ざりあっているのです。

原理は無線電信と同じです。

無数の波長、無数の振動があるのですが、同じ空間を飛び交っております。

そのうちのどれに反応するかは器機の感度によります。地上の人間は物質の波動の世界に閉じ込められております。

物的な波長しか感知できません。

霊視能力者は普通の波長より一段と精妙な波長を感知できる人であり、霊聴能力者は普通の音の波長より一段と精妙な波長を感知できる人です。

これも霊媒という器機の感度の問題です。
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# by ice-kiss | 2014-04-15 22:31

霊的環境に戸惑い

霊界へ来た当初は霊的環境に戸惑いを感じます。

十分な用意ができていなかったからです。

そこで当然の成り行きとして地上的な引力に引きずられて戻ってきます。

しばらくは懐かしい環境 ー 我が家・仕事場など ー をうろつきます。

そして大抵は自分がいわゆる“死者”であることを自覚していないために、そこにいる人たちが自分の存在に気づいてくれないこと、物体に触っても何の感触もないことに戸惑い、わけが分からなくなります。

しかしそれも当分の間の話です。

やがて自覚の芽生えとともに別の意識の世界にいるのだということを理解します。
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# by ice-kiss | 2014-04-14 18:18

物的身体という牢

人間は物的身体という牢の中で生活しています。

その牢には小さな隙間が五つあるだけです。

それが五感です。

みなさんはその身体のまわりで無数の現象が起きていても、その目に見え、その耳に聞こえ、その肌に触れ、その舌で味わい、その鼻で嗅いだもの以外の存在は確認できません。

ですが実際にはその身体のまわりで無数の生命活動が営まれているのです。

見えないから存在しないと思ってはいけません。

人間の五感では感知できないというに過ぎません。
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# by ice-kiss | 2014-04-13 17:39
霊界へ来て何年になるとか、地上で何歳の時に死んだといったことは何の関係もありません。

すべては霊性の発達程度によって決まることです。

そこが地上世界と霊界との大きな違いです。

地上ではみんなが同じ平面上で生活し、精神的にもまったく異なる人々と交わりますが、こちらへ来ると、あなたが交わる相手は霊的に同質・同等の人ばかりです。

立派な音楽家の曲が聞けないという意味ではなく、生活の範囲がほぼ同等の霊格の者に限られるということです。

そこには親和力の法則という絶対に狂うことのない法則が働いております。
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# by ice-kiss | 2014-04-12 13:41

霊訓中の霊訓


by ice-kiss