<   2017年 05月 ( 30 )   > この月の画像一覧

私たち霊も、一定の法則の範囲内で行動しなければなりません。

霊にも出来ることと出来ないことがあるのです。

その法則による制約は、人間より遥かに厳格です。

私がこれまでで一番つらい思いをしたのは、私の愛する人が危機の中にありながら、何も手を出さず一歩さがり、本人の意志に任せ、どちらの道を選ぶかを見守るしかなかった時です。

それが一番本人のためであるとの判断があったからです。

助言を求められても “自分の判断でやってみなさい。どれたけ上手く行くか試してみなさい。その判断であなたの霊的進化が決まるのですよ” と言わなければならないことも、よくあるのです。
f0328373_22461092.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-30 22:46

大切なのは今現在です

過去はもう過ぎ去ったのです。

これまでの間違いは忘れなさい。

皆さんは間違いから学ぶために、地上にやって来たようなものです。

過ぎ去ったことは忘れなさい。

大切なのは今現在です。

今、人のためになることをしなさい。

どんな形でもよろしい。

自分が置かれた物的環境条件から考えて、無理のない範囲のことをすればよろしい。

先のことをあまり考え過ぎてはいけません。

皆さんが皆さんの役目を果たしていれば、私たち霊は私たちの役目を果たします。

そうした協力関係の中では、絶対に挫折はありません。
f0328373_00214867.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-30 00:21
霊的知識を手にした人が、悩んだり、心配の念の侵入を許して取り越し苦労をするようではいけません。

霊的知識があるからこそ、どんな心配、悩み、不安も、侵入を許してはいけないのです。

心配、悩み、不安、こうしたものは援助の通路をふさいでしまいます。

哀悼者の悲しみが壁になって、他界した霊を近づけなくするように、気苦労のバイブレーションに取り囲まれると、精神的、霊的雰囲気が乱されて、ますます霊を近づきにくくします。
f0328373_22181084.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-28 22:18
一 医者は大病も、ストレスや仕事上の心配が原因であると言っています。
そうしたケースでは、身体と精神と魂の不調和はどの程度まで関わっているのですか?

「あなたが言ったことは、私が別の言葉で言っているのと同じです。

あなたは仕事上の心配と言いますが、それは私が言う不調和状態のことです。

精神と肉体と魂が正しい関係にあれば、仕事上の心配も、そのほか何の心配も起きません。

心配する魂はすでに調和を欠いているのです。

霊的知識を手にした人は、心配してはいけません。

取り越し苦労は陰湿な勢力です。

進化した魂には縁のないものです。

あなたはそれを仕事上の心配と言い、私は不調和状態と言うのです。

自分が永遠の霊的存在であり、物質界には何一つ怖いものはないと悟ったら、心配のタネはなくなります。」
f0328373_23245031.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-27 23:24
病気、不快、異状の原因は調和の欠如です。

健康とは、全体の調和が取れている状態のことです。

身体と精神と魂の間に、正しいリズムとバランスが取れていることです。

身体と精神と魂の関係がうまく行っていない時、どこかに焦点の狂いが起きている時、自然な生命力の流れが阻害されている時に病的症状が出るのです。

霊力が流れず、本来の機能を果たしていないからです。

人間の病気はサイコソマティック(psychosomatic 心身相関)、つまり精神と魂に原因があって、それが身体に表れています。

心配ばかりしていると胃潰瘍になります。

が、潰瘍部分を切除すれば心配しなくなるわけではありません。

ですから、心配しないような生き方を教えてあげないといけません。

病気の大半は精神と魂から起きています。

人身事故でさえ、精神的原因や霊的原因から起きていることがあります。
f0328373_22261379.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-26 22:26
他人のためになることをする、これが一番大切です。

私たち霊の意見は単純明快です。

宗教には、古いというだけで引き継がれたものが多すぎます。

その大半が、宗教の本質とは関係のないものばかりです。

私たち霊にとって宗教とは、崇拝することではありません。

祈ることでもありません。

審議会で人間の頭が考え出した、形式的セレモニーでもありません。

私たちはセレモニーには興味はありません。

それ自体はなくてはならないものではないからです。

しかし、もしもセレモニーや慣例行事をなくてはならないものと、真剣に思い込んでいる人がいれば、無理してそれを止めさせる理由はありません。

幼児期を過ぎれば、誰でも幼稚な遊び道具は片付けるものだと、私は思います。
f0328373_21454058.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-25 21:45
キリストと同じ霊、同じ存在が今なお地上に働きかけているのです。

死後さらに開発された霊力を駆使して、愛する人類のために働いているのです。

キリストは神ではありません。

全生命を創造し、人類に神性を与えた宇宙の神そのものではありません。

いくら立派な位(くらい)でも、本来全く関係のない位にキリストを祭り上げることが、キリストに忠義を尽くす方法ではありません。

父なる神の右に座しているとか、キリストと神は同じで置きかえられるものと主張しても、キリストは少しも喜びません。

キリストを信仰の対象とする必要はないのです。

キリストの前にヒザを折り、平身低頭して仕える必要はないのです。

それよりもキリストの人生を人間の生き方の手本として、さらにそれ以上のことをするように努力することです。
f0328373_22342072.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-24 22:34

地上は無知だらけです

人間は、身体と精神と魂の三位一体として創造されています。

その三つは分けることが出来ません。

置きかえもききません。

あなたはそれらが一体になって、一つの個性を作り出している存在です。

健康とは、その三つの間の協力であり、規則的リズムであり、一体関係です。

健康を得る方法はそれ以外にありません。

薬でも医学でもありません。

それは一時しのぎの手段に過ぎません。

地上は無知だらけです。

死を恐ろしい怪物のように思って避けようとします。

死を恐怖をもって迎えますが、死も自然法則の一つです。

地上はトレーニングセンターです。

間違いなく訪れる、霊界生活に備えて教訓を学ぶための学校です。
f0328373_23594315.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-23 23:59

剣を取る者は剣にて滅ぶ

無限なる叡智を持った神は、人間を操り人形やロボットにはしませんでした。

神が持つ崇高な属性を全て、潜在的に与えているのです。

ですから、人間界のことは人間みずから選択しなければなりません。

その上で、戦争が何の解決にもならないこと、逆に新たな問題を生み出すこと、貪欲と利己心はその中に災いのタネを宿していることを思い知らねばなりません。

昔、イエス・キリストは “剣を取る者は剣にて滅ぶ” と言いました。

人間はみずからの選択でそれを学ばねばなりません。
f0328373_22090327.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-22 22:08
万が一やる気をなくしたら、一旦、歩みを止めることです。

そして、それまで奇跡とも言える形で成し遂げられてきたことを振り返って、これだけのことが成し遂げられたのなら、これから先もきっとうまくいくはずだという認識を持つことです。

あなたに要求されることは、そこまであなたを導いてきた霊力に対する、絶対的な忠誠心と自信をもって、あなたの責任を全うすること、それだけです。

あなたなりのベストを尽くしなさい。

あなたの力の範囲内で、出来る限りの努力をしなさい。

恐れるものは何一つありません。

困難はあります。

が、それもきっと克服できます。

毎朝が新しい霊的冒険のチャンスなのです。
f0328373_22042541.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2017-05-21 22:04

霊訓中の霊訓


by ice-kiss