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私たち霊が、困難に遭遇しないようにしてあげるわけにはいきません。

つまずかないようにと、石ころを全て取り除いてあげるわけにはいきません。

ただ、たとえつまずいても、転ばないように手を取って支えてあげることは出来ます。

肩の荷を一緒に担いで、苦しみを和らげてあげることは出来ます。

同時に喜びもともに味わって、一層大きくしてあげることも出来ます。

どんな困難も、解決できないほど大きいものは決してありません。

取り除けないほど大きい障害物もありません。

私たち霊からの援助があるからです。

人間の力だけでは無理と見た時は、別の援助の手があります。

人間としての精一杯の努力をした上での話ですが……。
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by ice-kiss | 2016-10-21 22:31
私たち霊が説く全教説の基本は、 “人のために自分を役立てる” という言葉に尽きます。

あなた方人間の世界のガンとも言うべき利己主義に対して、私たちは永遠の宣戦を布告します。

戦争を生み、流血を呼び、混乱を招き、破壊へ陥れる、物質万能主義を一掃しようと心を砕いています。

私たちの説く福音は、助け合いと協調と寛容と同情の精神です。

お互いがお互いのために尽くし合う。

持てる者が持たざる者、足らざる者に分け与える。

真理を悟った者が暗闇にいる者を啓発するために、真理という名の財産を譲る。

そうあってほしいのです。

地上にはその精神が欠けています。

人間の一人一人が持ちつ持たれつの関係にあること、全ての人間に同じ神性が流れていること、そのため神の目には全てが平等であること、霊的本性において完全に平等であるとの観念を広める必要があります。

性格において、成長において、進化において、悟りにおいて、一歩先んじている者が後れている者に分け与えるという行為の中に、偉大さがあるのです。
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by ice-kiss | 2016-10-20 21:51
大自然の中に生き、その変転きわまりない現象に接して来た人間なら、その背後に法則が存在することに気づいているはずです。

その法則は寸分の狂いもなく機能しています。

法則が大自然のすみずみまで配慮し、無限の変化を律しているように、神は人間の一人一人にも、それなりの備えを用意して下さっています。

過ぎ去ったことに未練を抱いても何にもなりません。

人生は過去ではなく、現在に生きなければなりません。

目を魂の内奥に向け、神が授けて下さった泉から潜在力を引き出し、信念から生まれる冷静さをもって人生に対処できるよう、力と安らぎを求めて祈ることです。
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by ice-kiss | 2016-10-19 22:14
内と外からあなたを守る霊の力に身を委ねることです。

きっと援助を授けてくれます。

道を明確に示してくれます。

問題に遭遇した時は、地上の雑踏、混乱、論争から身を退き、魂の静寂の中へ引きこもり、霊の啓示を待つことです。

霊的な宝石は決して色あせることがありません。

地上的財産をふんだんに所有している人は、自分がその財産の管財人に過ぎないことに気づいていません。

本当は自分のものではないことに気づいていません。

霊的真理を悟った人は、知識に責任が伴うように、財産にも責任が伴います。

あなた方は宇宙最大の霊力の通路です。

大司教の礼服を着る必要もなければ、枢機卿の指輪をはめる必要もありません。

それはただの装飾品に過ぎません。

実在とは何の関係もありません。

あなた方を通路として働いている霊力は、全ての法王、全ての大司教、全ての枢機卿より偉大です。

宇宙最大の力なのです。
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by ice-kiss | 2016-10-18 22:30

神が人類に施す恩寵

私はこれまでの身をもっての体験から、宇宙を支配する霊力に不動の信頼を置いています。

一分一厘の狂いもなく、しかも深遠なる愛の配慮のもとに、全大宇宙の運行を支配する神の知性に私はただただ感嘆し、崇敬の念を覚えるのみです。

もしも地上人類が、その神の心を我が心として、法則と調和した生活を送ることが出来れば、地上生活は一変するでしょう。

その力はいくらでも授かることが出来るのです。

神が人類に施す恩寵ほど気前の良いものはありません。

ですから、決して絶望してはいけません。

落胆してはいけません。

くよくよしてはいけません。

心に不安の念を宿してはいけません。

恐怖心を近づけてはいけません。

取り越し苦労は蹴散らしなさい。

そんな憂鬱な有難くない客を、絶対に魂の奥の間へ招き入れてはいけません。
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by ice-kiss | 2016-10-17 21:29
一 永遠の生命を考えると、地上でのこんな限られた物的体験に意義があるでしょうか?

「永遠も無数の小さな体験の総計から成り立つのです。

一つの体験、一つの行為、一つの言葉、一つの思念にも、それがどんなに小さなものでも、それなりの意義があります。

そうした細々とした体験の寄せ集めが、永遠を作るのです。

そのうちの一つが欠けても完全性を失います。

例えば、二、三百人から成るオーケストラの中で、トライアングルを一度だけ鳴らす人がいるとします。

分量から言えば全くささやかな存在ですが、もしもその人が、そのたった一回の演奏で音階を間違えたらどうなりますか。

音が弱すぎて聞き取れなかったらどうなりますか。

オーケストラ全体が台無しになるでしょう。

分かりますね。

あなた方の地上生活での体験も、それと同じです。

一つ一つが魂を鍛え育てるための大切な一部を担っているのです。

その体験は永久に魂に刻み込まれていきます。」
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by ice-kiss | 2016-10-16 21:55
人間が、五感だけを宇宙との接触の手段としている、哀れな動物ではないことをまず認識しないといけません。

五感で知り得る世界は、宇宙のほんの一部です。

それは物的手段で感識できるものに限られています。

人間は物質を超えた存在です。

精神と魂で出来ているのです。

その精神と魂にはそれなりのバイブレーションが備わっていて、そのバイブレーションに感応する別の次元の世界が存在します。

地上にいる間は物的なバイブレーションで生活しますが、やがて死を経て、高いバイブレーションの世界が永遠の住処となる日が来ます。
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by ice-kiss | 2016-10-15 21:59
一 地上で犯す罪は必ず地上生活で報いを受けるのでしょうか?

「そういう場合もあれば、そうでない場合もあります。

因果律は必ずしも地上生活中に成就されるとは限りません。

しかし、いつかは成就されます。

必ず成就されます。

原因があれば結果があり、両者を切り離すことは出来ないのです。

しかし、いつ成就されるかという時間の問題になると、それはその原因の性質に関わってきます。

すぐに結果の出るものもあれば、地上生活中には出ないものもあります。

その働きには情状酌量といったお情けはなく、機械的に働きます。

罪を犯すと、その罪がその人の魂に記録され、それなりの結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。

それが地上生活中に出るかどうかは、私たち霊にも分かりません。

それは様々な事情の絡んだ複雑な仕組みの中で行われるのですが、因果律の根本の目的が永遠の生命である魂の進化にあることだけは確かです。」
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by ice-kiss | 2016-10-14 20:46
一 人間一人一人に守護霊がついているのですか?

「母体内での受胎の瞬間から、もしくはそれ以前から、その人間の守護の任に当たる霊が付きます。

そして、その人間の死の瞬間まで、与えられた責任と義務の遂行に最善を尽くします。

守護霊の存在を人間が自覚するとしないとでは、大いに違ってきます。

自覚してくれれば守護霊の方も仕事がやりやすくなります。

守護霊は決まって一人だけですが、その援助に当たる霊は何人かいます。

守護霊には、その人間のたどる道があらかじめ分かっています。

が、その道に関して好き嫌いの選択は許されません。

つまり、自分はこの男性にしようとか、あの女性の方が良さそうだ、といった勝手な注文は許されません。

霊の世界は実にうまく組織された体制の中で運営されています。」
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by ice-kiss | 2016-10-13 21:53
一 弱肉強食の自然界を創った創造主が、どうして全てを愛する神であり得るのでしょうか?

「限りある知恵で、無限の叡智を理解することは出来ません。

宇宙規模の問題を肉眼だけで覗いてみても、つまり限られた知性で理解しようとしても解決は得られません。

全体のごく限られた一部しか見えないからです。

確かに自然界には弱肉強食の一面があり、腹が空けば互いに食い合うこともしますが、それは自然界全体としては極めて些細(ささい)な話であって、人間界と同様に動物界にも調和と協調の原理が働いています。

チャンスに恵まれれば、その原理を如実に見ることが出来ます。

それとは別に、人間としての義務に関わる一面もあります。

つまり、上に立つ者が低い進化にある者に対して持つ義務です。

人間も動物も、樹木や果実、花、野菜、小鳥などと共に、一つの生命共同体を構成しているからです。

全生命は、進む時は共に進み、後戻りする時は共に後戻りします。

ですから、人間が愛と慈悲と同情の心を発揮すれば、それこそオオカミと小ヒツジが相寄り添って寝そべるようになるでしょう。」
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by ice-kiss | 2016-10-12 21:39

霊訓中の霊訓


by ice-kiss