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一度手にしたら、霊的知識はいくら人にあげても減ることはありませんが、地上の富は、人にあげればそれだけ減ります。

そこに霊的財産と物的財産の違いがあります。

物的財産はいくら貯めても、それを永久に所持することは出来ません。

地上に生きている間だけの管理人であり預り人であるに過ぎません。

失うことがあります。

盗まれることがあります。

価値が下がることがあります。

色あせてきます。

美しさを失います。

いずれにしても、いつまでも自分のものではあり得ないのです。

それに引きかえ霊的財産は、一旦手にしたら永遠に失うことはありません。
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by ice-kiss | 2016-08-31 21:26
真剣な祈りは、必ずその標的を見出します。

皆さんが心から祈る時 一  “祈る” のであって、何かを “欲しがる” のではありません 一 その祈りの念は必ず聞き届けられます。

霊視能力を持っている人であれば、皆さんの周囲に何らかの絆、親近感、そして特殊な分野での共通の奉仕的精神を持つ霊が、いつも待機しているのが分かります。

祈りの念が、その霊を一層身近なものにするのです。

磁気力にも似た吸引力の法則が働くのです。

祈ることで、霊がそれに応えて働きかける、かけ橋が出来上がるのです。

私がいつも “取り越し苦労はやめなさい” と言うのは、そのためです。

心配の念は、その人の周囲の物的・霊的雰囲気を乱し、私たち霊による援助が届けにくくなるのです。
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by ice-kiss | 2016-08-30 22:56
知識の領域を少しでも広めようとする努力、病気の人を一人でも多く治してあげたいと思う心、死別の悲しみに暮れる人をもっと慰めてあげたいと思う気持ち、人生に疲れた人があなたという灯台を見つけられるように、一層の輝きを増したいという願い、こうした真剣な祈りが何の反応もなく見過ごされることは絶対にありません。

あなたは一人ぽっちではないのです。

大軍の一員なのです。

私たちの背後、見えない次元には、多分あなたには想像も出来ないほど進化した、霊の大集団が控えているのです。

あなたも、私も、そして私たちと志を同じくする者は、いつでもその援助を授かることが出来るのです。

唯一の制約条件は、それを受け入れ吸収する能力です。

霊的資質を培うほど、それだけ多くの美しさと輝きと壮大さと高潔さと光沢を、身につけることになります。

それが魂を刺激して、地上への誕生とともに授かった内部の神性を、ますます発現したいという気持ちにさせるのです。
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by ice-kiss | 2016-08-29 22:57
地上の人間が厄介なのは、自分で勝手な神を想像することです。

人間的存在として想像する場合でも、女性ではなく男性として想像します。

男性の方が女性より勝れていると信じているわけです。

神は人間を霊的に自分に似せて創造したのです。

生命は霊であり霊は生命です。

霊的に似せて創造された以上、あなたは永遠に神とつながっていて、神性を共有しているのです。

ということは必然的に人間は、霊的大家族の一員であることになります。

同じ神性が宿っているからです。

ですから人間は霊的に神に似ているのであり、姿が似ているのではありません。
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by ice-kiss | 2016-08-28 22:43
神を一つの存在としてではなく、無限の知性と叡智と真理を備えた実在そのもの、想像できる限りの神性の総合的統一体と考えて下さい。

それは男性でもなく女性でもなく、しかも男性でもあり女性でもあり、個性を超越しながら同時にあらゆる個性の中に内在しているものです。

神は万物の内側にも外側にも存在しています。

神から離れては誰一人存在できません。

神から切り離されることはあり得ません。

あなたの中にも存在しますし、雨にも太陽にも花にも野菜にも動物にも、その他どんなに小さいものでも、存在を有する限りは全てのものに宿っているのです。

神の概念を伝えるのは至難の業です。

あらゆるものを支配し、あらゆるものから離れず、存在するもの全てに内在している崇高な力です。
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by ice-kiss | 2016-08-27 22:40
人のために役立つことは気高いことです。

他人のために尽くすことで、共通の親である神の役に立つことほど気高い貢献はありません。

これに勝る宗教はありません。

形式を守り、教義に盲従するだけの宗教では何の価値もありません。

真の宗教とは自ら世に出て、少しでも住み良い環境にする行為を心掛けることです。

自分を取り囲む事情が険しくなってきた時 一 暗雲が低く垂れ込め、稲光が走り、雷鳴が轟(とどろ)きはじめた時は、心を静かにして、これまで自分を導いてきた力はきっとこれからも導き続けて、次に進む道を示してくれるはずだという確信を持つことです。

力強く前進しなさい。

最善を尽くすことです。

それ以上のものは人間に求められていません。

しくじった時は立ち直ればよろしい。

しくじることは立ち直れることを意味します。

皆さんは不完全な世の中の不完全な存在である以上、必ず失敗を犯します。

完全へ向けての巡礼の旅は永遠に続くのです。
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by ice-kiss | 2016-08-26 22:33
あなたは神であり、神はあなたです。

その違いは、種類でも本質でもなく顕現の度合いに過ぎません。

神は完全の極致です。

あなたはそれに向かっての努力を限りなく続けるわけです。

神は内部と外部の双方に存在します。

あなたが、愛・寛容心・慈悲・哀れみ・仁といった神性を発揮すれば、その時あなたは神と通じ合っていることになります。

なぜなら、あなたを通じて神が表現されているからです。

一方、神には無数のメッセンジャー、無数のチャンネル(交信のための通路)が存在します。

神意を行き渡らせることを任務とした、高級神霊の一大組織が張りめぐらされています。

ですから、もしもあなたが神に向かって語りかければ、黙って念じるだけでも、精神統一でも、あるいは声に出して祈ることでも、あなたの意志が神に届けられます。

声に出すことは良いことです。

念じるだけでは何かと乱れやすい思念を明確にまとめ、具象化することになるからです。

しかし声に出す出さないに関係なく、本心からの切望は神に知られると同時に、神意の行政を司(つかさど)る高級霊に届きます。
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by ice-kiss | 2016-08-25 22:36
神は個的存在ではありません。

神は個人が神格化した存在ではありません。

神は個性を超越した存在です。

法則・愛・叡智・真理の真髄です。

巨大な宇宙で休みなく働いている無限の知性です。

それは数かぎりない自然現象の中に見ることが出来ます。

人間が英雄的行為、滅私の行為、慈悲の行為を通じて、自分より恵まれない人のために尽くす時の、その愛の表現の中にも見ることが出来ます。

また、病気の人を癒し、喪中の人を慰め、意気消沈した人を元気づけてあげる時の霊力の流れの中にも見ることが出来ます。

一人の男性または女性として出現することは出来ません。

一人一人の人間に宿る神性の発現という形で、部分的に表現されることはあり得ます。
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by ice-kiss | 2016-08-24 21:56
悩みや困難に追いまくられると言いますが、私はいつも言っています。

“それは百も承知です。もしも悩みも困難もなかったら、あなたはこの世にはいないでしょう。なぜなら、それを処理するために地上へ来ているのですから” と。

遭遇しなければならない困難が必ずあります。

それに挑戦することで、内部の貯え、潜在する霊的資質、神的属性のいくつかが呼び覚まされるのです。

ですが、度を越してはいけません。

身体が “疲れました。もうこれ以上は無理です” と訴えはじめたら、休息を与えてあげて下さい。

皆さんへの愛の気持ちはあっても、代わって生きてあげるわけにはいきません。

手引きはしてあげます。

援助はします。

支えにもなってあげます。

道を教えてあげることは出来ます。

しかし、皆さんが自ら背負うべき責任を、私たち霊が肩代わりしてあげるわけにはいきません。

私たちの力の限りを尽くして、是非とも必要な守護は受けられるようにしてあげましょう。

が、自分のすることには自分で責任を取るのです。
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by ice-kiss | 2016-08-23 22:38
私が今の世の中を作ったわけではありませんし、そこで生活する人の身体も私が作ったわけではありません。

ただ、出来上がった身体を見てみると、複雑でありながら見事にまとまった機械であることが分かります。

地上のどんなに腕のいい技術者も、到底これほどのものは作れないでしょう。

何億もの細胞が集まって、血液、腱、筋肉、その他もろもろの組織を作り、さらに各種のミネラルが昼となく夜となく働いて、魂が効果的に表現されるようにしています。

私が思うに、地上に存在する機械で、一瞬の休みもなく働き、修理や点検のための解体をされることもないのは、人間の身体だけでしょう。

その度が過ぎると、使い過ぎによる欠陥が生じて、使用中止の命令を下さねばならなくなります。

神がもしも人間に完全であることを望むならば、完全な身体を用意されたはずです。

が、地上は永遠の進化のための、無数の生活の場の一つに過ぎません。

今この地上にいる限りは、その身体を大切に維持・管理する責任があります。

使い過ぎると、本来の機能が果たせなくなります。
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by ice-kiss | 2016-08-22 21:59

霊訓中の霊訓


by ice-kiss