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もしも、うんざりしたり困惑したり悲観的な気持ちになったりした時は、地上の喧騒から逃れて、瞑想などで魂の静寂の中へ引っ込むことです。

そうしてそこにあふれる豊かな光に馴染み、美しさに思い切り浸り、そこから得られる静けさと落ち着きと安らぎと自信を味わうことです。

こうして気分一新してから再び地上世界へ戻り、ハツラツと仕事を始めるのです。

とにかく前向きに進むほかはありません。

引き下がってはいけません。

どこにいても人のためになることを心掛けるのです。

援助を求めてあなたのもとを尋ねる人を、決して拒絶してはいけません。
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by ice-kiss | 2016-07-31 21:26
低く沈むだけ、それだけ高く上がることも出来るのです。

志は無限に高く持つことが出来ます。

完全は、いつかどこかで達成される性質のものではありません。

到達しようとする過程の無限の連続です。

霊的な褒賞を手に入れたければ、それなりの犠牲を払う覚悟がなくてはなりません。

しかし、一旦手に入れたら二度と失うことはありません。

私たち霊も人間世界の困難な事情、問題、そして欲求の全てをよく理解しています。

あなた方は物的な世界に住んでいるのだということを、十分認識しています。

そこで、奉仕的な仕事に打ち込んでいる方が、食べるものや飲むものに事欠くことのないよう、その供給源との連絡を取り持っています。

必要最小限のものは必ず手に入ります。

全ての人に言っていることは、人間としての最善を尽くしてさえいれば、それでよいということです。

それ以上のものは要求しません。

たとえ倒れても、また立ち上がることが出来るのです。
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by ice-kiss | 2016-07-30 22:34
一 普通だったら、とっくに死んでいるはずの患者が、医術によって何ヶ月も生き続けている場合があるように思うのですが、こういう場合はどうなるのでしょうか?

「死ぬべき時が来れば、どんな医師も生かし続けることは出来ません。」

一 でも、そう思えるケースがよくあります。
例えば最近では、アメリカの少女の例があります。

「その子の場合、医師が死期を延ばしているという証拠は、どこにあるのでしょう?

私が理解している限りでは、地上の医師はまだ死期について確定的なことは分かっていません。

正確な死の瞬間について、論争が続いているではありませんか。

死の過程は、生命の糸が切れて霊体が肉体を離れた瞬間をもって終了します。

その時はじめて “死んだ” と言えるのです。

一旦その分離が生じたら最後、どんな医師も肉体を蘇生させることは出来ません。」
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by ice-kiss | 2016-07-29 21:42

前世を思い出す催眠術

一 前世を思い出すのに、催眠術を使用するのがブームになっています。
あのような体験で教訓が学べるのでしょうか?

「学べることが皆無というわけではありません。

が、そうした体験には、単に現在の自分が立派でないことから、潜在意識が立派でありたかった願望を描こうとする、一種の虚栄心の表れの場合があります。

別のケースとして、それにカルマがからんでいる場合があり、過去世で大きな影響を及ぼした苦難または悲劇を現世に呼び戻し、それを意識することで、カルマが消滅することがあります。

これは良い結果をもたらす例です。

が、それがただの “とりとめもない想像” に過ぎないことが多いのです。

もう一つのケースとして、催眠状態における憑依霊のしわざの場合もあります。」
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by ice-kiss | 2016-07-28 21:24
私たち霊は地上の同志の方に気楽な人生、何の障害もない人生を約束することは絶対に出来ません。

私たちから言えることは、障害も困難もその一つ一つが挑戦すべき目標だということです。

一つ克服するごとに、あなたは霊的に成長するのです。

地上の人間は、いつかは死ななくてはなりません。

物的身体を携えて永遠に生きることは自然法則上、不可能なことです。

無知と迷信から生まれる死の恐怖さえ克服すれば、地上の人間にとって、死が暗闇から光明へ導いてくれる天使であり、地上で活用されることがなかった才能を発揮するチャンスを与えてくれるものとして、歓迎するようになるでしょう。
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by ice-kiss | 2016-07-27 21:15
一つの家族が霊界へ来ても、自動的に合流するわけではありません。

家族の一人一人が、自然な霊的親和性を持っている場合にのみ、それがあり得ます。

親和性がなければ再会はありません。

意識のレベルが違うからです。

夫婦の場合であれば、身体上の結婚だけでなく魂と精神も結ばれていなければ、霊界での再会は不可能です。

再会を決定づけるのは霊的親和性です。

死後しばらくは血縁によるバイブレーションが残っていますが、それには永続性がありません。

霊は物質に勝ります。

霊に関わるものは死後にも残り続けますが、物質に関わるものはそのうち消えます。
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by ice-kiss | 2016-07-26 22:02
あなたには、あなたとの縁を通じて、人に援助の手を差しのべる機会が与えられます。

その時に、あなたなりの最善を尽くせばよいのです。

地上世界には為さねばならないことが山ほどあります。

物的財産は一時的な所有物です。

所有物と言っても真に自分のものではなく、ただの一時的保管物に過ぎません。

一方、霊的財産は錆びることも、色あせることもありません。

永続性があります。

人のために自分を役立てることほど立派な宗教的行為はありません。

自分より恵まれない人のために手を差しのべていれば、そのうち自分の生きるべき道が啓示されます。

あなたが窮地にあって啓示を受けたように、窮地に置かれた人が、あなたの手の届くところまで導かれてくるでしょう。
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by ice-kiss | 2016-07-25 21:22
霊界へ来れば、大変な楽しみがあなたを待っています。

と言うのは、霊界には今のあなたには理解できない良質な音楽が存在するからです。

地上でまだ一度も聞いたことのないオクターブがあります。

シンフォニーもあります。

コンチェルトもあります。

オーケストラもあります。

最高の作曲家や演奏家が無数にいます。

地上には、ほんのわずかしかいません。

地上で大作曲家と言われている人が全て霊界へ来ているわけですが、その巨匠がその後さらに向上進化しているのです。

鑑賞力を持った人なら、立派な音楽をいくらでも聴くことが出来ます。

ミュージックホールは、霊界が誇る財産と言ってもよいほどです。

地上のどんな楽器でも表現できないオクターブの音を、あなたも聴くことになるのです。

それから、もちろん地上を豊かにする音楽はみな霊界を始原としています。

人間が作り出しているのではありません。

演奏家も作曲家もみな一種の霊媒なのです。
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by ice-kiss | 2016-07-24 21:26

皆さんは毎晩死んでいる

一 人間が幽体で旅行する話を聞きますが、どういう現象なのでしょうか?

「至って簡単なことです。

幽体が肉体から抜け出て、時には私たち霊の世界へ、時には地上の遠隔の地まで旅行するのです。

実は睡眠中は一人の例外もなく幽体で旅行しております。

一時的に肉体を離れて霊界を訪れ、縁のある人たちと会っているのです。

これは死後の環境の変化がショックにならないように、あらかじめ準備しておくための神の配慮なのです。

死の現象(二つの身体をつないでいるコードの切断)を経て霊界の住民となれば、意識の中枢が幽体へ移って地上時代の睡眠中の体験を思い出し、それから始まる素晴らしい霊界生活への準備が整います。

皆さんは毎晩死んでいると言ってもよいのです。」
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by ice-kiss | 2016-07-23 21:05
もしも埋め合わせと懲罰がなかったら、神の公正はどうやって発揮されるのでしょう。

罪深い人間が、聖者と同じ霊格を備えることがあってよいでしょうか。

もちろん、よいはずはありません。

どんなことにせよ、良いことをすればそれだけ霊性が向上し、自己中心的なことをすれば、それだけ霊性を損なうのが道理です。

良きにつけ悪しきにつけ、あなたの霊的命運を定めていくのは、あなた自身です。

あなた自身のことに関して、最後に責任を負うのはあなた自身です。

もしも死の床で罪を告白し、特別の信仰を受け入れれば、立ちどころに罪が許されて潔白の身になれるとしたら、それはまさにお笑いものであり、茶番劇と言うべきです。
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by ice-kiss | 2016-07-22 22:13

霊訓中の霊訓


by ice-kiss