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私たちに反論する人たちは、私たちが自殺を容認している 一 臆病な自殺者を、英雄または殉教者と同等に扱っていると非難します。

が、それは見当違いです。

私たち霊は、変えようにも変えられない自然法則の存在を認めると同時に、同じ自殺行為でも進化の程度によって、その意味が異なると観ているのです。

確かに臆病であるが故に、自殺という手段で責任を逃れようとする人が多くいます。

しかし、そんなことで責任は逃れられるものではありません。

死んでもなお、その逃れようとした責任に直面させられます。

しかし同時に、一種の英雄的行為とも言うべき自殺 一 行為そのものは間違っていても、そうすることが愛する者にとって唯一の、そして最良の方法であると信じて、自分を犠牲にする人もいます。

そういう人を、卑怯な臆病者と同じレベルで扱ってはなりません。

大切なのは “動機” です。
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by ice-kiss | 2016-03-31 23:22

動機が何であるか

動機が何であるか 一 これが最後の試練です。

魂の中の静かな、そして小さな声が反発するが故に、戦争への参加を拒否する人間と、これが国家への奉公なのだという考えから、つまり一種の奉仕的精神から、敵を殺す覚悟と同時にイザとなれば我が身を犠牲にする覚悟をもって戦場へ赴く人間とは、私たち霊の世界から見て上下の差はありません。

動機が最も優先的に考慮されるのです。

派閥間の論争も結構ですが、興奮と激情に巻き込まれて、その単純な真理を忘れた無益な論争はお止めになることです。

動機が理想的理念と奉仕の精神に根ざしたものであれば、私たち霊は決して咎めません。
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by ice-kiss | 2016-03-30 23:52
あなた自身も神の一部なのです。

その神の温かき愛、深遠なる叡智、無限なる知識、崇高なる真理が、いつもあなたを待ち受けています。

なにも、神を求めて二千年前まで遡(さかのぼ)ることはないのです。

今ここに在(ましま)すのです。

二千年前と全く同じ神が今ここに在すのです。

その神の真理とエネルギーの通路となるべき霊媒や霊能者は、今も決して多くはありません。

しかし何ゆえに、あなた方キリスト教徒は二千年前のたった一人の霊能者にばかり、すがろうとなさるのです。

なぜそんな昔のインスピレーションだけを大切になさるのです。

なぜキリスト一人の言ったことに戻ろうとなさるのです。
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by ice-kiss | 2016-03-29 23:54
神は全てに宿っております。

間違ったことの中にも、正しいことの中にも宿っています。

日光の中にも嵐の中にも、美しいものの中にも、醜いものの中にも宿っています。

空にも海にも雷鳴にも稲妻にも、神は宿っているのです。

美なるもの、善なるものだけではありません。

罪の中にも、悪の中にも宿っているのです。

お分かりになりますか?

神とは “これとこれだけに存在します” という風に、一定の範囲内に限定できるものではないのです。

全宇宙が神の創造物であり、そのすみずみまで神の霊が浸透しているのです。

あるものを切り取って、 “これは神のものではない” などとは言えないのです。

日光は神の恵みで、作物を台無しにする嵐は悪魔の仕業だなどとは言えないのです。

神は全てに宿ります。
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by ice-kiss | 2016-03-28 23:43
「私に言えることは、いかなる過ちも必ず本人が正さなくてはならないということ、それだけです。

地上で正さなかったら、霊界へ来て正さなくてはなりません。」

一 感心できないことをしがちな強い性癖を、先天的に持っている人がいるとは思われませんか?
良いことをしやすい人と、そうでない人がいます。

「難しい問題です。

と申しますのは、各自に自由意志があるからです。

誰しも良くないことをすると、内心では良くないことであると気づいているものです。

その道義心を、あくまでも無視するか否かは、それまでに身につけた性格によって、違ってくることです。

罪というものは、それが結果に及ぼす影響の度合いに応じて、重くもなり軽くもなります。」
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by ice-kiss | 2016-03-27 23:58
一 地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能でしょうか?
全ての人間を愛することは可能なのでしょうか?

「それは不可能なことです。

が、そう努力することは出来ます。

努力することが性格の形成に役立つのです。

怒ることもなく、つらく当たることもなく、腹を立てることもないようでは、もはや人間ではないことになります。

人間は霊的に成長することを目的として、この世に生まれてくるのです。

成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。

それは霊界へ来てからも同じです。」
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by ice-kiss | 2016-03-26 22:06
地上での出来事は、いつの日か必ず埋め合わせがあります。

いつかはご自分の天秤を手にされて、バランスを調節する日がまいります。

自分で蒔いたものを刈り取るという自然法則を免れることは出来ません。

罪が軽く済む者がいるようにお考えのようですが、そういうことはありません。

あなたには魂の豊かさを見抜く力がないから、そう思えるのです。

私がいつも念頭に置いているのは、神の法則だけです。

人間の法律は念頭に置いていません。

人間の作った法律は改めなければならなくなります。

変えなければならなくなります。

が、神の法則は決してその必要がありません。

地上に苦難がなければ、人間は正していくべきものへ注意を向けることが出来ません。

痛みや苦しみや邪悪が存在するのは、神の分霊であるあなた方人間が、それを克服していく方法を学ぶためです。

もしもあなたが、それを怠っているとしたら、あなたをこの世に遣わした神の意図を実践していないことになります。

宇宙の始まりから終わりまでを、法則によって支配し続ける神を、一体あなたは何の資格をもって裁かれるのでしょう。
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by ice-kiss | 2016-03-25 23:12

神の心にかなった人

一 キリストへの信仰をどう思われますか?
神はそれを受け入れるでしょうか?
キリストへの信仰は、キリストの行いに倣(なら)うことになると思うのですが。

「主よ、主よ、と何かと言うと “主” を口にすることが信仰ではありません。

大切なのは “主の心にかなった行い” です。

それが全てです。

口にする言葉や心に信じることではありません。

頭で考えることでもありません。

実際の行為です。

何一つ信仰を持っていなくても、落ち込んでいる人を元気づけ、飢える人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心にかなった人です。」
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by ice-kiss | 2016-03-24 22:18
霊界にも広い広い動物の王国があることをご存知ですか?

そこでは動物界のあらゆる種類が 一 動物も小鳥も 一 襲ったり恐がったりすることなく、一緒に暮らしております。

ライオンが小羊と並んで寝そべっても、ケンカもせず “えじき”になることもありません。

美しい花園も沢山あります。

そこに咲いている花々は、それぞれの種類に似合った色彩、濃さ、形をしています。

地上では見られない色彩が沢山あります。

また美しい湖、山々、大きな川、小さな川、豪華な羽毛と目の覚めるような色彩をした小鳥が沢山います。

昆虫もきれいな種類のものが沢山おります。

地上で見かけるものよりは変異しています。

物質界というさなぎの段階を通過して、本当の美しい姿を見せているからです。
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by ice-kiss | 2016-03-23 23:09
一 悪魔はキリスト教が生み出したのでしょう?

「そうです。

自分たちから見て悪と思えるものを何とか片付けるためには、そういうものを発明しなければならなかったのです。

悪も進化の過程の一翼を担っております。

改善と成長 一 絶え間なく向上しようとする過程の一つなのです。

人間にとって悪に思え苦痛に思えるものも、進化の計画に組み込まれた要素なのです。

痛みがなければ、健康に注意させる警告がないことになります。

暗闇がなければ光もありません。

悪がなければ善もありません。

地上にもし悪が存在しなければ、何を基準に善を判断するのでしょうか。

改めるべき間違い、闘うべき不正が存在しなければ、人間の魂はどうやって成長するのでしょう。」
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by ice-kiss | 2016-03-22 23:32

霊訓中の霊訓


by ice-kiss