<   2016年 02月 ( 30 )   > この月の画像一覧

あなた方の住む物質界は、活気がなくどんよりとしています。

私たち霊の住む光の世界とは対照的に、あなた方人間の世界は暗くて冷たい、じとじとした世界です。

あなた方は太陽の本当の姿、目も眩まんばかりの太陽の霊体の光輝をご覧になったことがありません。

あなた方が見ておられるのは、その粗末な模造に過ぎません。

ちょうど月が太陽の光を反射して輝くように、あなた方の目に映っている太陽は、霊界の太陽のかすかな反射程度に過ぎません。

たとえてみれば、こうして地上に降りて来た私は、カゴに入れられた小鳥のようなものです。

用事を済ませて地上から去って行く時の私は、鳥カゴから放たれた小鳥のように、果てしない宇宙の彼方へ、喜び勇んで飛び去って行きます。

死ぬことは鳥カゴという牢獄から解放されることなのです。
f0328373_22183539.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-29 22:19

利己主義の罪

一 死後の世界でも罪を犯すことがありますか?
もしあるとすれば、どんな罪が一番多いのですか?

「もちろん私たち霊も罪を犯します。

それは利己主義の罪です。

ただ、霊の世界では、それがすぐに表面に出ます。

心に思ったことが、すぐさま他に知られるのです。

因果関係がすぐに知れるのです。

従って醜い心を抱くと、それがそのまま全体の容貌にあらわれて、霊格が下がるのが分かります。

そうした罪を、地上の言語で説明するのはとても難しく、先ほど言ったように、利己主義の罪と呼ぶより他に良い表現が見当たりません。」
f0328373_23284023.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-28 23:29
死ぬことは決して悲劇ではありません。

今その地上で生きていることこそ悲劇です。

神の庭が、利己主義と強欲という名の雑草で、足の踏み場もなくなっている状態こそ悲劇です。

死ぬことは、肉体という牢獄に閉じ込められていた魂が、自由になることです。

苦しみから解き放たれて、魂本来の姿に戻ることが、果たして悲劇でしょうか?

天上の色彩を見、言語で説明のしようのない天上の音楽を聞けるようになることが、悲劇でしょうか?

痛むことを知らない身体で、一瞬のうちに世界を駈けめぐり、霊の世界の美しさを満喫できることを、あなた方は悲劇と呼ぶのですか?

地上のいかなる天才画家と言えども、霊の世界の美しさの一端たりとも、地上の絵の具では表現できないでしょう。

いかなる音楽の天才と言えども、天上の音楽の旋律の一節たりとも表現できないでしょう。

いかなる名文家と言えども、天上の美を地上の言語で綴ることは出来ないでしょう。

そのうち、あなた方も霊の世界へ来られます。

そしてその素晴らしさに驚嘆されるでしょう。
f0328373_21200137.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-27 21:20
霊の世界は、人間の言葉では表現のしようがありません。

たとえるものが地上に見出せないのです。

あなた方が “死んだ” と言って片付けている者の方が、実は生命の実相について、遥かに多くを知っております。

霊の世界に来て芸術家は、地上で求めていた夢をことごとく実現させることが出来ます。

画家も詩人も思い通りのことが出来ます。

才能を存分に発揮することが出来ます。

地上の抑圧からきれいに解放され、天賦の才能が他人のために使用されるようになるのです。

地上の言語のような、ぎこちない手段を用いなくても、心に思うことがすなわち霊の言語であり、それが電光石火の速さで表現されるのです。

金銭の心配がありません。

生存競争がないのです。

弱者がいじめられることもありません。

霊界の強者とは、弱者に救いの手を差しのべる力があるという意味だからです。

失業などもありません。

スラム街もありません。

利己主義もありません。

宗派もありません。

経典もありません。

あるのは神の法則だけです。

それが全てです。
f0328373_22522940.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-26 22:53
他界した身内や友人たちは、今なお実在の人物であり、地上にいた時と同じようにあなた方のことを気遣ってくれていることを忘れてはなりません。

彼らはもはや言葉で話しかけることは出来ませんし、あなた方もその声を聞くことは出来ませんが、あなた方のすぐ身のまわりにいて、何かと援助してくれております。

自覚なさることがあるはずですが、実際はもっともっと密接な関係にあります。

彼らはあなた方の心の秘密、口に出さないでいる欲求、願望、希望、心配なさっていることまで、全て読み取っております。

そして、あなた方の魂の成長に必要なものを、地上的体験から摂取するように導いてくれております。

決して薄ぼんやりとした、影のような、モヤのような存在ではありません。

今なおあなた方を愛し、以前よりさらに身近となっている、実体のある男性であり女性なのです。
f0328373_23371308.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-25 23:38
一人の人間が、他の人間を救おうと努力する時、その背後に数多くのスピリットが群がり寄って、その気高い心を何倍にもふくらませようと努めます。

善行の努力が無駄にされることは、絶対にありません。

奉仕の精神も決して無駄に終わらせることはありません。

誰かが先頭に立ってヤブを開き、後に続く者が少しでも楽に通れるようにしてあげなければなりません。

やがて道らしい道が出来上がり、通れば通るほど平坦になっていくでしょう。

高級神霊界の神霊が、目にいっぱい涙を浮かべて悲しんでおられる姿を、時おり見かけます。

今こそと思って見守っていた、せっかくの善行のチャンスが踏みにじられていく、人間の愚行を見て、いつかはその愚かさに目覚める日が来ることを祈りつつ、眺めているのです。

そうかと思うと、嬉しさに顔を思い切りほころばせておられるのを、見かけることもあります。

無名の平凡な人が善行を施し、それが暗い地上に新しい希望の灯をともしてくれたからです。
f0328373_22130926.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-24 22:14
私は物質面での進歩について、あれこれ申し上げる立場にありませんが、物的進歩にもそれなりの役割があります。

身体にとって必須のものを無視することは、私たち霊の教えに反します。

身体が、その正しい成長にとって必須のものをきちんと得ていないと、魂も正しく機能を発揮することが出来ません。

大切なのは身体と精神と魂の調和です。

この三者が一体となって機能し、その結果として、健康と幸福と冷静さと自信と決断力と安らぎが得られるのです。

霊的なことにばかり気を奪われて、身体上のことをおろそかにするのは、身体のことにばかり気を奪われて、霊的なことをなおざりにするのと同じく間違っております。

心の修養にばかりこだわって、他の側面を忘れるのもまた間違っております。
f0328373_23073330.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-23 23:08
惑星は物的存在です。

それぞれに放射物を出し、バイブレーションを発しております。

しかしあなた方は、物的存在であると同時に霊的存在です。

内部には、物的なものから受ける影響の全てを克服する力を備えております。

未来は過去が生んでいきます。

自分の行為を思念によって創り出していくのです。

大自然の法則については、すでにお話しました。

その一つに因果律があります。

自分が蒔いたタネは、自分が刈り取るという法則です。

ある花のタネを蒔けば、その種類の花が咲き、それ以外の花は咲きません。

あなた方の未来も同じです。

過去と現在によって決定されるのです。

外部から与えられる罰ではありません。

自分で作り出していくのです。

“これから先どうなるのだろう”

こうした不安の念を抱くこと自体が、それを本当に実現させる手助けをしていることになります。
f0328373_22292082.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-22 22:30
一 地上でたどるべきコースが分かっているとすると、その結果得られる成果についても、分かっているということでしょうか?

「その通りです。」

一 そうなると、前もって分かっているものを、わざわざ体験しに生まれてくることになりますが、そこにどんな意義があるのでしょうか?

「地上に生まれてくる目的は、地上生活から戻って来て、霊界で行う仕事があり、それを行うだけの霊的資格(実力)をつけることにあります。

前もって分かったからと言って、霊的進化にとって必要な体験を身につけたことにはなりません。

たとえば世界中の書物を全て読むことは出来ても、その読書によって得た知識は、体験によって強化されなければ身についたとは言えないでしょう。

霊的成長は実際に物事を体験し、それにどう対処するかによって決まります。」
f0328373_21244348.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-21 21:25
自然法則の根本はあくまでも原因と結果の法則、つまり因果律です。

カルマも、その法則の働きの中で消されていくのであって、途中の過程を飛び越えて “いっぺんに” 消えることはありません。

原因があれば、必ずそれ相当の結果が生じ、その結果の中に次の結果を生み出す原因が宿されているわけで、これはほとんど機械的に作動します。

ある人が、急に愛と奉仕の生活に入ったとすれば、それはそれなりにカルマの消滅に寄与するでしょう。

しかし、 “いっぺんに” というわけには行きません。

愛と奉仕の生活を積み重ねていくうちに、徐々に消えていき、やがて完全に消滅します。

カルマという借金を、すっかり返済したことになります。
f0328373_23123079.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2016-02-20 23:13

霊訓中の霊訓


by ice-kiss