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いかに立派な霊であっても、いかに高級な霊であっても、いかに博学な霊であっても、その説くところがあなたの性分に合わない時、不合理あるいは不条理と思える時は、遠慮なく拒否するがよろしい。

あなたには自由意志があり、自分で自分の生活を律していく責務があるのです。

私たち霊があなた方人間の人生を、代わりに生きてあげるわけにはまいりません。

手助けは出来ます。

指導も出来ます。

心の支えになってあげることも出来ます。

ですが、あなた方自身が背負うべき責務を私たちが背負ってあげるわけにはいかないのです。

私たちの願いは、あなた方に生き甲斐ある人生を送って頂くこと、つまり内在する才覚と能力と資質とを存分に発揮して頂くことです。

そうなることが、現在の地上生活の目的にかなうことであると同時に、やがて死を迎えた暁に、死後の生活への備えも出来ていることになるからです。

これが私の基本的人生観です。

そしてこれまで長い間、私の教えに耳を傾けて下さった方なら認めて下さると思いますが、そうした人生に対して最終的に判断を下すのは、あなた自身の“理性”であるというのが、私の一貫した考えです。
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by ice-kiss | 2016-01-10 23:23
人間生活には三つの側面があります。

まず人間は霊魂であり、次に精神であり、そして肉体です。

人間としての個性を存分に発揮するようになるのは、この三つの面の存在を認識し、うまく調和させるようになった時です。

物的世界にのみ意識を奪われ、物的感覚にしか反応を示さない人間は、精神的ならびに霊的な面においてのみ獲得される、より大きい、より深い、より美しい喜びを味わうことは出来ません。

反対に、精神的なもの、霊的なものばかりの瞑想的生活から生まれる内的満足のみを求め、この世の人間としての責務を疎かにする人間は、一種の利己主義者です。
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by ice-kiss | 2016-01-09 21:19
私たち霊が、困難に遭遇しないようにしてあげるわけにはまいりません。

つまずかないようにと、石ころを全部取り除いてあげるわけにはまいりません。

ただ、たとえつまずいても、転ばないように手を取って支えてあげることは出来ます。

肩の荷を一緒に担いであげることによって、苦しみを和らげてあげることは出来ます。

同時に喜びもともに味わって、一層大きくしてあげることも出来ます。

いかなる困難も、解決できないほど大きいものは決してありません。

取り除けないほど大きい障害物もありません。

私たち霊界の者からの援助があるからです。

人間の力だけでは無理と見た時は、別の援助の手があります。

人間としての精一杯の努力をした上での話ですが……。
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by ice-kiss | 2016-01-08 21:47
私たち霊が説く全教説の基調は“人のために己を役立てる”という言葉に尽きます。

あなた方人間の世界のガンとも言うべき利己主義に対して、私たちは永遠の宣戦を布告します。

戦争を生み、流血を呼び、混乱を招き、破壊へ陥れる、かの物質万能主義を一掃しようと心を砕いております。

私たち霊の説く福音は、互助と協調と寛容と同情の精神です。

お互いがお互いのために尽くし合う。

持てる者が持たざる者、足らざる者に分け与える。

真理を悟った者が、暗闇にいる者を啓発するために真理という名の財産を譲る。

そうあってほしいのです。

地上には、その精神が欠けております。

人間の一人一人が持ちつ持たれつの関係にあること、全ての人間に同じ神性が流れていること、故に神の目には全てが平等であること、霊的本性において完全に平等であるとの観念を広める必要があります。

性格において、成長において、進化において、そして悟りにおいて、一歩先んじている者が後れている者に分け与えるという行為の中に、偉大さがあるのです。
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by ice-kiss | 2016-01-07 20:50

財産にも責任が伴います

魂の宝石は、決して色あせることがありません。

地上的財産をふんだんに所有している人は、自分がその財産の管財人に過ぎないことに気づいておりません。

本当は、自分のものではないことに気づいておりません。

霊的真理を悟った人にとっては、知識に責任が伴うように、財産にも責任が伴います。

あなた方は宇宙最大の霊力の通路です。

大司教の礼服を着る必要もなければ、枢機卿の指輪をはめる必要もありません。

それはただの装飾品に過ぎません。

実在とは何の関係もありません。

あなた方を通路として働いている霊力は、全ての法王、全ての大司教、全ての枢機卿より偉大です。

宇宙最大の力なのです。
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by ice-kiss | 2016-01-06 22:23
一 永遠の生命を考えると、地上でのこんな限られた物的体験に意義があるでしょうか?

「永遠も無数の小さな体験の総計から成り立つのです。

一つの体験、一つの行為、一つの言葉、一つの思念にも、それがいかに小さなものであっても、それなりの意義があります。

そうした細々とした体験の寄せ集めが永遠を作るのです。

そのうちの一つが欠けても、完全性を失います。

例えば、二、三百名から成るオーケストラの中で、トライアングルを一度だけ鳴らす人がいるとします。

分量から言えば、全くささやかな存在ですが、もしもその人が、そのたった一回の演奏で音階を間違えたらどうなりますか。

あるいは、音が弱すぎて聞き取れなかったらどうなりますか。

オーケストラ全体が台無しになるでしょう。

分かりますね。

あなた方の地上生活での体験も、それと同じことです。

一つ一つが魂を鍛え育てるための一部 一 大切な一部を担っているのです。

その体験は永久に魂に刻み込まれていきます。」
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by ice-kiss | 2016-01-05 22:09
人間が、五感だけを宇宙との接触の通路としている哀れな動物ではないことを、まず認識しないといけません。

五感で知り得る世界は、宇宙のホンの一部です。

それは物的手段で感識できるものに限られています。

人間は物質を超えた存在です。

精神と魂とで出来ているのです。

その精神と魂には、それなりのバイブレーションが備わっており、そのバイブレーションに感応する別の次元の世界が存在します。

地上にいる間は物的なバイブレーションで生活しますが、やがて死を経て、高いバイブレーションの世界が、永遠の住処となる日が来ます。
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by ice-kiss | 2016-01-04 22:03

霊訓中の霊訓


by ice-kiss