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「地上に生をうける全ての人間がそうであるように、あなたも、この物質界に誕生するにあたって、今歩んでおられるようなコースを自ら選択なさっておられます。

信じて頂けないかも知れませんが、それは構いません。

人間にとって理解し難い問題であることは確かです。

でも、たとえ信じて頂けなくても、私としては事実は事実として述べるほかはありません。」

一 私は信じます。

「勇猛な闘士はロートス(ギリシャ神話で、その実を食べると現世の苦悩を忘れさせたという想像上の植物)を食べたいとは思いませんし、バラ色の人生を送りたいとも思わないものです。

すすんで困難に満ちた人生コースを選んで生まれ、精神力をよりタフに、より厳しく鍛え上げます。

だからこそ、あらゆる困難を克服できるのです。

困難に打ち克つ方法は色々とあるでしょう。

勇猛果敢にぶち当たるのも一つの方法でしょう。

じっくりと耐えて、徐々に克服していくのも一つの方法でしょう。

もっと穏やかに、祈りと瞑想の中で解決法を見出すという方法もあります。」
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by ice-kiss | 2015-11-20 22:32
罰をすり抜けられる者は一人もいません。

法則は必ず法則通りに働くのです。

地上生活中にその結果が出なくても、霊界へ来て償いをさせられます。

いかなる手段をもってしても、因果律を変えることは出来ないのです。

不変であり、不可避であり、数学的正確さをもって働きます。

原因があれば必ず結果が生じるのです。

誰一人、悪行の結果をすり抜けられる者はいません。

もしそれが可能だとしたら、神が神であるゆえんの“公正”が崩れてしまいます。

こうした問題において、いつも私が強調している、もう一つの側面があります。

それは、残念ながら人間には長期間の展望が持てないこと、いつも目先のものしか目に入らないことです。

皆さんは地上の結果しか見えませんが、霊界へ来れば、全てがきちんと精算されていることが分かります。
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by ice-kiss | 2015-11-19 22:01
一 人間が間違いを犯した以上は、動物ではなくて人間みずからがツケを払うということでないとおかしいと思うのです。

「埋め合わせと償いの法則というのがあります。

人間はその行為によって、善悪それぞれに、霊的にそして自動的に影響を受けます。

因果律は逃れようにも逃れられません。

不当な行為を受ければ埋め合わせがあり、その行為者は償いをさせられます。

それが自然界の法則なのです。

身に覚えのないことで不当な苦しみを受けた人には、それなりの埋め合わせがあるように、人間の身勝手な行為の犠牲になっている動物にも、ちゃんとした埋め合わせがあります。」
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by ice-kiss | 2015-11-18 22:42
霊界側がいつも待ち望んでいるのは、霊力が働きかけるための通路(チャンネル)です。

霊力とは神性の顕現そのものなのです。

それをあなた方は神と呼び、私は大霊(the Great Spirit)と呼んでいるわけです。

宇宙にはこれに優る力はなく、絶対的な愛に裏打ちされた無限の力なのですから、それに顕現の場を与えずにおくのは、もったいない話です。

あなたの心が愛と慈悲に満ちていれば、あなたのもとを訪れる人の力になってあげることが出来ます。

反対に、不快・不信・怨みなどを抱いているようでは、霊力のチャンネルとはなり得ません。

そうした低級感情は霊力の流れの妨げとなるからです。
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by ice-kiss | 2015-11-17 22:05
一 台風のような自然災害によって死亡した場合、それは“偶発事故による死”となるのでしょうか?
それともやはりそれが、その人の運命だったのでしょうか?

「もしもその“偶発事故”という用語が、因果律のリズムの範囲外でたまたま発生したという意味でしたら、私はそういう用語は使いたくありません。

事故にも、それに先立つ何らかの原因があって生じているのです。

原因と結果とを切り離して考えてはなりません。

圧倒的多数の人間の地上生活の寿命は、あらかじめ分かっております。

予定されている、ないしは運命づけられている、ということです。

同時に、自由意志によってその“死期”を延ばすことが出来るケースも沢山あります。

そうした複雑な要素の絡み合いの中で、人生が営まれているのですが、基本的には自然法則によって規制されております。」
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by ice-kiss | 2015-11-16 20:58
一 ジャーナリストが霊媒や霊的な思想を軽蔑する記事を書いたりした場合、そのジャーナリストはこの地上生活中に、何らかのバチが当たるのでしょうか?

「バチが当たるというようなことは、地上の世界でも霊の世界でもありません。

全ては原因に対する結果という形で進行するだけです。

バチは間違った行為の結果であり、タネ蒔きと刈り取りの関係です。

問題は“動機”に帰着します。

つまり、そのジャーナリストは自分の記事の内容を本当にそう信じて書いたのか、それとも正直とか公正とか真理探求といった、高尚な問題の範疇(はんちゅう)に属さない、何か別の単純な動機から書いただけなのかといった要素が、結果に影響します。

蒔いたタネが実を結ぶのです。

その結果が地上の世界で出るかどうかの問題は、また別の問題です。

出る場合もあれば、出ない場合もあります。

それに関わる霊的原理によって決められることです。」
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by ice-kiss | 2015-11-15 22:28
教会で行われる婚礼では“死が二人を別つまで”という言い方をしますが、もしも二人が霊的に結ばれていなければ、死が訪れる前から二人は別れております。

そこに愛があれば、二人を別れさせるものは何もありません。

愛は宇宙における強力なエネルギーの一つです。

ひたすら人類のためと思って働いている、霊界の高級霊を動かしているのも愛なのです。

私たち霊は自分自身のことは何一つ求めません。

崇拝して頂こうとは思いません。

敬って頂こうとも思いません。

もしも私たちが何かのお役に立てば、そのことを神に感謝して頂き、ご自身が恩恵を受けたそのお返しに、他の人へ恩恵を施して下されば、それでいいのです。
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by ice-kiss | 2015-11-14 21:43
忍耐強い努力と犠牲を払わないことには、これからも数々の戦争が起きるでしょう。

タネを蒔いてしまった以上は、その産物を刈り取らねばなりません。

因果律はごまかせないのです。

流血の争いというタネを蒔いておいて、平和という収穫は刈り取れません。

他国を物理的に支配しようとする欲望の張り合いをしながら、その必然の苦い結果を逃れるわけにはまいりません。

愛のタネを蒔けば愛が実ります。

平和のタネを蒔けば平和が実ります。

互助のタネを地上の至るところに蒔いておけば、やがて互助の花が咲き乱れます。

単純な真理なのです。

あまりに単純すぎるために、かえって地上の“お偉方”を当惑させるのです。
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by ice-kiss | 2015-11-13 20:33
平和を求めて祈り、霊界の高級霊の道具として協力しようとなさる努力は、必ず報われます。

人間の協力を得て初めて霊力を地上へ届け、戦争や暴力行為、その他、地上の文明を混乱させ存在を脅かすもの全てに、終止符を打たせることが出来るのです。

しかし、これより先もまだまだ地上から戦火が消えることはないでしょう。

なぜなら、人類全体が一つの巨大な霊的家族であるという、この単純な真理が未だに理解されていないからです。

肉体は撃ち殺せても霊は死なないのです。

この事実が、世界各国の国政をあずかる人たちによって理解され、その関連分野を通じて実行に移されるようにならない限り、戦争の勃発は避けられないでしょう。
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by ice-kiss | 2015-11-12 21:57
大切なのは、取り越し苦労をしないことです。

心配の念は、私たち霊界から援助する者にとって非常に厄介な障害です。

拒否的性質があります。

腐食性があります。

恐れ・心配・不安、こうしたものは、その人を包む物的・精神的・霊的雰囲気を乱し、私たちが近づくのを一段と困難にします。

真理を知った者は、それがわずかであっても 一 たとえ多くを知ったとて、無限の真理からすればタカが知れています 一 いついかなる事態に直面しても、穏やかで平静で受容的態度を維持すべきですし、また、そう努力すべきです。

全生命に存在を与えている霊力より強力なものはないとの、断固たる自信に満ちていなければなりません。

何度でも繰り返し申し上げられるメッセージがあるとすれば、“心配の念を捨てなさい。そうすれば内部に静穏が得られます。内部が静穏になれば外部も静穏になります”ということです。
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by ice-kiss | 2015-11-11 21:48

霊訓中の霊訓


by ice-kiss