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霊の世界は、地上からやって来る人たちによって構成されております。

地上から未発達霊を送り込んで来なければ、何一つ問題は起きないのですが、現実には何の準備も出来ていない、適合性に欠ける無知な霊を次々と送り込んでおります。

小学校で学ぶべきだったことを、大人になって教えるのは、なかなか難しいものです。

(いつまでたっても物分かりの悪い霊がいる、その結果として)あなた方地上の人間は、最低から最高に至る、ありとあらゆる霊的影響力にさらされることになります。

が、実際に引き寄せるのは、自分と同じ霊格をもった霊だけです。

邪悪な人は邪悪な霊を引き寄せ、心清き人は心清き霊を引き寄せます。

それが自然の摂理なのです。
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by ice-kiss | 2015-09-10 21:53

休息は是非とも必要です

肉体は魂が自我を表現するための道具です。

存分に発揮したいと思われれば、十分な手入れをしなくてはなりません。

疲労が重なると本来の機能が発揮できなくなります。

そこで神は、その無限の叡智によって、肉体を休息させ、活力を取り戻させるための“睡眠”を用意したのです。

地上の四季の移り変わりをよくご覧なさい。

秋になると大自然は冬の眠りのための準備をし、春になると再び目覚め、夏にその壮観を披露します。

人体も同じです。

休息によって元気を回復しなければなりません。

休息は是非とも必要です。

無理をしていることを知りつつも無理を重ねて、結局中途で倒れる人がいるものです。

倒れたら休息するほかはありません。

私たち霊はあなた方人間に自助の心構えを説き、魂と精神に関わる摂理だけでなく、その肉体を支配している生理的法則にも絶対的に従わねばならないことをお教えしています。

それを忠実に守り、魂と精神と肉体が調和状態にある限り、あなた方は健康であり健全です。
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by ice-kiss | 2015-09-09 21:29

受胎の瞬間から人間

一 受胎後のどの段階で人間となるのでしょうか?
胎内生活の正確に何か月目から人間となるのでしょうか?
(三か月後の)胎児はすでに人間と呼べるでしょうか?

「受胎の瞬間から生命が存在し、従って魂が存在します。

流産とか中絶とかがあっても、それは生命を破壊したことにはなりません。

その生命の表現の場を、あなた方人間の世界から私たち霊の世界へと移しただけです。」

一 子宮内の生命も、れっきとした人間だとおっしゃるのでしょうか?

「潜在的には受胎の瞬間から人間であり、人間性の全てを宿しております。」

一 受胎の瞬間からですか?

「受胎の瞬間から身体的機能の全てを潜在的に宿しているごとく、霊的機能も全て宿しております。

霊的機能が存在しなければ、身体的機能も存在しません。

物質は霊の影だからです。」
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by ice-kiss | 2015-09-08 21:56
あなた方人間は受信局と送信局を兼ねたような存在です。

純粋に自分自身の考えを生み出すことは、極めて“まれ”です。

地上のラジオやテレビにチャンネルとかバイブレーション(振動) 一 フリークエンシー(周波数)が適切でしょう 一 があるように、人間にもそれぞれの周波数があって、その波長に合った思想、観念、示唆、インスピレーション、指導等を受信し、今度はそれに自分の性格で着色して送信しています。

それをまた他の人が受信するわけです。

その波長を決定するのは、各自の進化の程度です。

霊的に高ければ高いほど、それだけ感応する思念も程度が高くなります。

ということは、発信する思念による影響も高度なものとなるわけです。
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by ice-kiss | 2015-09-07 21:03
私は、同じ愛でも、家族的な絆に根ざした愛よりも、奉仕的精神に根ざした愛の方が遥かに尊いと信じている者の一人です。

奉仕的精神から発動した愛の方が遥かに偉大です。

自分という“一個”の存在の心と知性と魂を、“多数”の人間の運命の改善に役立てようとする時、そこにはその見返りとしての己の栄光を一欠片も望まない“光り輝く存在”を引き寄せます。

生きる喜びを一欠片も味わうことを許されない、無数の魂の存在を地上に見ているからです。
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by ice-kiss | 2015-09-06 21:18
たとえば何分間か、ただ座って黙祷するというだけでもいいのです。

言葉に出すのもいいかも知れません。

が、それも必ずしも必要ではありません。

心を空にして、穏やかな気持ちの中で精神を統一するだけで十分です。

その統一状態の中で霊の力が働くのです。

そうした静かな精神状態というのが、物的生活に振り回されている騒々しさに一時的なストップをかけることになります。

そのわずかな時間を霊性の開拓と、自宅内での霊的存在の認識へ向けたことになります。

地上の人間は、静かな精神状態を持つことの効用を十分に認識しておりません。

私がよく申し上げているように、あなた方人間にとって無活動の時が、私たち霊にとって活動の時なのです。

あなた方人間が静かに受け身の心でじっとしている時が、私たち霊にとって一番近づきやすいからです。
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by ice-kiss | 2015-09-05 21:40
私が説いているのは“人のために”という福音です。

“人のために惜しみなく自分を役立てなさい”と言っているのです。

そうすると、あなたがこの世に存在したことによって、世の中が豊かになるわけです。

簡単なことなのです。

改めて説くのもおかしいくらい当たり前のことなのです。

ですが、やはり真実です。

地上世界は単純さという本通りから外れて、ややこしい複雑な脇道に迷い込んでおります。

あまりに複雑なものに惑わされて、単純な真理が受け入れられなくなっている精神構造の人が大勢います。

ですが、単純な真理は単純であるが故にこそ強いのです。
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by ice-kiss | 2015-09-04 19:15
宇宙には科学の実験室における、いかなる分析検査にもひっかからず、化学薬品によってもメスによっても分析できず、しかも、これまで大きさを測定し、重量をはかり、切開できた他のいかなるエネルギーをも超越する力が存在します。

私が言っているのは愛の力のことです。

その愛は全生命の根源であり、宇宙を創造した神の属性であるが故に、死滅することはありません。

それはまさに生命の息吹きでありエッセンスなのです。

この愛で結ばれた者同士は、あらゆるハンディキャップ、あらゆる障害、あらゆる妨害を乗り越えて、いつかは必ずお互いを見出し合います。
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by ice-kiss | 2015-09-03 21:21
神の摂理は完全です。

一人一人が過不足のない賞罰を受けます。

無限の叡智をもってこの全大宇宙を計画し、不変の法則によって支配している神は、そこに生活している者の全てのために摂理を用意しており、誰一人としてその働きから逃れることは出来ません。

懲罰と報復とを混同してはいけません。

私たち霊は同じ問題を、あなた方人間とは別の視野で眺めております。

復讐心と憎しみによって世の中を良くすることは出来ません。

その邪心が判断力を曇らせ、決断を下すにも計画するにも不適格な状態になってしまいます。
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by ice-kiss | 2015-09-02 20:57
奉仕こそ霊の通貨なのです。

宗教とは何かと問われれば、私は躊躇なく申し上げます 一 いつどこにいても、人のために自分を役立てることです、と。

神学などはどうでもよろしい。

教義、儀式、祭礼、教典などは関係ありません。

祭壇に何の意味がありましょう。

尖塔に何の意味がありましょう。

ステンドグラスの窓にしたから、どうなると言うのでしょう。

法衣をまとったからといって、どう違うと言うのでしょう。

そうしたものに惑わされてはいけません。

何の意味もないのです。

自分を人のために役立てること、それが宗教です。

あなたの住む、その世界のために役立てるのです。

世の中を明るくするために役立てるのです。

人の心を思いやり、優しくいたわり、気持ちを察してあげなさい。

しかし同時に、邪悪なものに対しては敢然と闘って下さい。
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by ice-kiss | 2015-09-01 21:17

霊訓中の霊訓


by ice-kiss