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一 自殺者は死後どのような状態に置かれるのでしょうか?

「それは一概には申し上げられません。

それまで送ってきた地上人生によって異なるからです。

開発された霊的資質によって違ってきます。

魂の発達程度によって違ってきます。

そして何よりも、その自殺の動機によって違ってきます。

キリスト教では、自殺を全て一つのカテゴリーに入れて罪であるとしておりますが、そういうものではありません。

地上生活を自分で勝手に終わらせる権利は誰にもありませんが、自殺に至る事情には酌量すべき要素や環境条件が色々とあるものです。」

一 いずれにせよ、自殺行為がためにならないことだけは間違いないでしょう?

「むろんです。

絶対にためになりません。

地上生活を勝手に終わらせることが、魂にプラスになったということは絶対にありません。

が、だからといって、自殺した者がみんな暗黒界の暗闇の中に、永遠に閉じ込められるわけではないと、申し上げているのです。」
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by ice-kiss | 2015-09-30 22:17

魂の成長を促すものは善

一 人間の立場から見ると悪に思えるものも、全く悪ではないことがあるものでしょうか?
高い次元から見れば、むしろ善と言えることが。

「地上の人間にとって苦しみは悪であり、痛みは歓迎されませんが、実質的には必ずしもそうではありません。

苦は楽と同じく神の計画の一部です。

苦がなければ楽もなく、暗闇がなければ光明もなく、憎しみがなければ愛もありません。

作用と反作用は同じものであると同時に、正反対のものです。

一つのコインの両面と思えばよろしい。

善と悪はともに不可欠のものであると同時に、相対的なものです。

地上には様々な道徳的規範があり、国によって異なります。

たった一つの絶対的規範というものはありません。

私たち霊にとっての価値基準はただ一つ 一 魂にどういう影響を及ぼすかということです。

魂の成長を促すものは善で、成長を遅らせるものは悪です。

そこが大切な点です。」
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by ice-kiss | 2015-09-29 22:00
私たち霊が基本的原理のいくつかを、確信をもって明言できるのは、それらが永遠の実在に基づいているからにほかなりません。

もしも地球が地軸上の回転をやめるようなことがあったなら、あるいは潮が満ちるべき時に満ちて来ず、引くべき時に引かないようなことがあったなら、あるいはまた、星雲が回転のパターンから外れるようなことがあったなら、私はこれほどの確信をもって説くことは出来ないでしょう。

が、神は全知全能であり、その霊力の働きは完全無欠です。

そこで私は、その霊力に全幅の信頼を置く者に決して挫折はないと、確信をもって申し上げるのです。
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by ice-kiss | 2015-09-28 22:11
私たち霊も、一定の法則の範囲内で仕事をしなければなりません。

霊にも出来ることと出来ないこととがあるということです。

その法則による制約は、人間より遥かに厳格です。

私がこれまで一番辛い思いをしたのは、私の愛する者が危機の最中(さなか)にありながら、何も手を出さずに一歩下がって控え、自分で工夫するに任せ、どちらの道を選ぶかをじっと見守っているしかなかった時です。

それが一番本人のためであるとの判断があったからです。

助言を求められても“ここはひとつ、ご自分の判断でやってごらんなさい。どれだけ上手く行くか試してごらんなさい。その判断は、あなたの霊的進化の成就の全てが掛かっているのですよ”と申し上げなければならないことも、よくあるのです。
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by ice-kiss | 2015-09-27 22:28
過去はもう過ぎ去ったのです。

これまでに犯した間違いはお忘れになることです。

皆さんは間違いを犯し、それから学ぶために地上へやって来たようなものです。

過ぎ去ったことは忘れることです。

大切なのは今現在です。

今、人のためになることをするのです。

どんな形でもよろしい。

自分の置かれた物的環境条件から考えて、無理でない範囲のことを行えばよろしい。

先のことをあまり考え過ぎてはいけません。

皆さんが皆さんの役目を果たしていれば、私たち霊は私たちの役目を果たします。

そして、そうした協調関係の中では絶対に挫折はないことをお約束いたします。
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by ice-kiss | 2015-09-26 21:56
一 医者は大病にもストレスや仕事上の心配が原因であるものがあると言っております。
そうしたケースでは、身体と精神と魂の不調和は、どの程度まで関わっているのでしょうか?

「あなたがおっしゃったことは、私が別の言葉で言っているのと同じことです。

あなたは仕事上の心配と呼んでおられますが、それは私の言う不調和状態のことです。

精神と肉体と魂とが正しい連繋関係にあれば、仕事上の心配も、そのほか何の心配も生じません。

心配する魂は、すでに調和を欠いているのです。

霊的実在についての知識を手にした者は、心配をしてはなりません。

取り越し苦労は陰湿な勢力です。

進化した魂には縁のないものです。

あなたはそれを仕事上の心配と呼び、私は不調和状態と呼んでいるのです。

自分が永遠の霊的存在であり、物質界には何一つ怖いものはないと悟ったら、心配のタネはなくなります。」
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by ice-kiss | 2015-09-25 21:41

しくじっては学ぶ

もしもあなたが何一つ間違いを犯さない人だったら、あなたは今この地上にはいらっしゃらないはずです。

間違いを犯す人間だから、地上に来ているのです。

しくじってはそこから教訓を学ぶのです。

もしも、しくじらないほど完全な人間だったら、物質界に生まれてくる必要はありません。

勉強のために地上へ来ているのです。

しくじっては学ぶ 一 それが進化の法則の一環なのです。

しかも進化は、どこかでお終いとなるものではなく、限りなく続く営みなのです。

その目的は完全性の成就です。

が、その完全性がまた無限の性質のものであり、いつまでたっても成就できないのです。

完全を成就しているのは神のみです。

無限なる愛と無限なる叡智の権化なのです。
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by ice-kiss | 2015-09-24 21:42
他人のためになることをする 一 これが一番大切です。

私の意見は単純明快です。

宗教には“古い”ということだけで引き継がれてきたものが多すぎます。

その大半が、宗教の本質とは何の関係もないものばかりだということです。

私にとって宗教とは崇拝することではありません。

祈ることでもありません。

審議会において、人間の頭脳が考え出した形式的セレモニーでもありません。

私はセレモニーには興味はありません。

それ自体は、なくてはならないものではないからです。 

しかし、いつも言っておりますように、もしもセレモニーとか慣例行事を、なくてはならないものと真剣に思い込んでいる人がいれば、無理してそれを止めさせる理由はありません。

私自身としては、幼児期を過ぎれば、誰しも幼稚な遊び道具は片付けるものだという考えです。

形式を超えた霊と霊との直接の交渉、地上的障害を超越して、次元を異にする二つの魂が、波長を合わせることによって得られる交霊関係 一 これが最高の交霊現象です。

儀式にこだわった方法は、迷信を助長します。
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by ice-kiss | 2015-09-24 00:24
人間には、例によってある限られた範囲内での話ですが、選択の自由が許されております。

宇宙の無限の霊力とともに創造活動に参加し、進化の行進を促進することが出来るのです。

反対に邪魔することも出来ます。

遅らせることも出来ます。

ためらわせることも出来ます。

それも、大きな進化の過程の一コマなのです。

無限なる叡智を備えた神は人間を、でくの坊、操り人形、ロボットにはしませんでした。

神の所有する崇高な属性の全てを潜在的に授かっているのです。

ですから、人間界のことは人間みずから選択しなければなりません。

その上で、戦争が何の解決にもならないこと、逆に新たな問題を生み出すこと、貪欲と利己心はその内部に、みずからの災禍のタネを宿していることを思い知らねばなりません。
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by ice-kiss | 2015-09-22 23:16
万が一やる気をなくするようなことがあったら 一 人間なら時には意気消沈することがあるものです 一 その時は一旦、歩みを止めることです。

そして、それまで奇跡とも言える形で成し遂げられてきたことを振り返って、これだけのことが成就されてきたのなら、これから先もきっとうまく行くはずだという認識を持つことです。

あなたに要求されることは、そこまであなたを導いてきた霊力に対する、絶対的な忠誠心と自信とをもって、あなたの責務を全うすること、それだけです。

あなたなりのベストを尽くすことです。

あなたの力の範囲内で、出来る限りの努力をなさることです。

恐れるものは何一つありません。

困難はあります。

が、それもきっと克服されます。

毎朝が新しい霊的冒険の好機なのです。
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by ice-kiss | 2015-09-21 21:19

霊訓中の霊訓


by ice-kiss