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霊は身近な存在です

私たちスピリットと言えども完全から程遠いことは、誰よりもこの私が真っ先に認めます。

やりたいことが何でも出来るとは限らないことは否定しません。

しかしそのことは、私たち霊があなた方自身の心臓の鼓動と同じくらい身近な存在であるという事実とは、全く別の問題です。

私たち霊は、あなた方人間が太陽の下を歩くと影が付き添うごとく、イヤそれ以上にあなた方の身近な存在です。

私の愛の活動範囲にある人は、霊界での霊と霊との関係と同じく親密なものです。

それを物的な現象によってもお見せ出来ないわけではありませんが、いつでもというわけにはまいりません。

霊的な理解(悟り)という形でも出来ます。

が、これまた、人間としてやむを得ないことですが、そういう霊的高揚を体験するチャンスというのは、そう滅多にあるものではありません。

そのことを咎(とが)めるつもりはありません。

これから目指すべき進歩の指標が、そこにあるということです。
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by ice-kiss | 2015-08-21 21:34
「人生の究極の目的は、地上も死後も、霊性を開発することにあります。

物質界に誕生するのも、そのためです。

その目的にかなった地上生活を送れば、霊はしかるべき発達を遂げ、次の生活の場に正しく適応できる霊性を身につけた時点で、死を迎えます。

そのように計画されているのです。

霊界へ来てからも同じ過程が続き、そのつど霊性が開発され、そのつど古い身体から脱皮して霊妙さを増し、内部に宿る霊の潜在的な完全さに近づいてまいります。」

一 人間の身体を見ても、その人の送っている邪悪な生活が反映している人を、よく見かけます。

「当然そうなります。

心に思うままがその人となります。

その人の為すことが、その人の本性に反映します。

死後のいかなる界層においても同じことです。

身体は精神の召使いではなかったでしょうか。

はじめは精神によって、こしらえられたのではなかったでしょうか。」
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by ice-kiss | 2015-08-20 21:16
宇宙を創造した神は、愛に満ちた存在です。

私たち一人一人を創造して下さったその愛の力を信頼し、全てのことは、なるべくしてそうなっているのだということを知らなくてはいけません。

今は理解できないことも、そのうち明らかになる機会が訪れます。

決して口先で適当なことを言っているのではありません。

現実にそうだから、そう申し上げているのです。

あなたはまだ人生を、物質の目でご覧になっていますが、永遠なるものは地上の尺度では正しい価値は分かりません。

そのうち正しい視野をお持ちになられるでしょうが、本当に大事なもの 一 生命、愛、本当の自分、こうしたものはいつまでも存在し続けます。

死は生命に対しても、愛に対しても、全く無力なのです。
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by ice-kiss | 2015-08-19 21:07
死が訪れると霊は、それまで身につけたもの全て 一 あなたを他と異なる存在たらしめている個性的所有物の全てを携えて、霊界へ行きます。

意識、能力、特質、習性、性癖、さらには愛する力、愛情と友情と同胞精神を発揮する力、こうしたものは全て霊的属性であり、霊的であるからこそ存続するのです。

真にあなたのものは失われません。

真にあなたの属性となっているものは失われません。

そのことを、あなたが理解できるできないに関わらず、そしてまた確かに、その真相の全てを理解することは容易ではありませんが、あなたが愛する人、そしてあなたを愛する人は、今なお霊界で生き続けております。
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by ice-kiss | 2015-08-18 20:58
あなたは本当に勇気のある方ですね。

でも勇気だけではダメです。

知識が力になってくれることがあります。

ぜひ理解して頂きたいのは、大切な知識、偉大な悟りというものは、悲しみと苦しみという魂の試練を通して初めて得られるものだということです。

人生というものは“この世”だけでなく、あなた方人間が“あの世”と呼んでおられる世界においても、一側面のみ、一色のみでは成り立たないということです。

光と影の両面がなければなりません。

光の存在を知るのは闇があるからです。

暗闇がなければ光もありません。

光ばかりでは光でなくなり、闇ばかりでは闇でなくなります。

同じように、困難と悲しみを通して初めて魂は自我を見出していくのです。

もちろんそれは容易なことではありません。

とても辛いことです。

でもそれが霊としての永遠の身支度をすることになるのです。

なぜならば地上生活のそもそもの目的が、地上を去った後に待ち受ける、次の段階の生活に備えて、それに必要な霊的成長と才能を身につけることにあるからです。
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by ice-kiss | 2015-08-17 21:22
地上の全生命は“霊”であるが故に存在しているのです。

あなたという存在は霊に依存しているのです。

実在は物質の中にあるのではありません。

その物的身体の中には発見できません。

存在のタネは身体器官の中を探しても見つかりません。

あなた方は今の時点において、立派に霊的存在なのです。

死んで霊界へ来てから、霊的なものを身につけるのではありません。

母胎に宿った瞬間からすでに霊的存在であり、どうもがいてみても、あなたを生かしめている霊的実在から離れることは出来ません。

地上の全生命は霊のおかげで存在しているのです。

霊なしには生命は存在しません。

なぜなら生命とはすなわち霊であり、霊とはすなわち生命だからです。
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by ice-kiss | 2015-08-16 21:35
一 幽霊と霊とはどう違うのですか?

「これはとてもいい質問ですよ。

幽霊も霊の一種です。

が、霊が幽霊になってくれては困るのです。

地上の人たちが幽霊と呼んでいるのは、地上生活がとてもミジメだったために、いつまでも地上の雰囲気から抜け出られないでいる霊が姿を見せた場合か、それとも、よほどのことがあって、強い憎しみや恨みを抱いたその“念”がずっと残っていて、それが何かの拍子に、その霊の姿となって見える場合の、いずれかです。

幽霊騒ぎの原因は大抵、最初に述べた霊、つまり地上世界から抜け出られない霊の仕業である場合が多いようです。

死んで地上を去っているのに、地上で送った生活、自分の欲望しか考えなかった生活が、その霊を地上に縛りつけるのです。」
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by ice-kiss | 2015-08-15 21:47
一 あからさまに言えば、取り越し苦労性の人は霊的に未熟ということでしょうか?

「その通りです。

真理を悟った人間は、決して取り越し苦労はしません。

なぜなら、人生には神の計画が行き渡っていることを知っているからです。

真面目で、正直で、慈悲心に富み、とても無欲の人でありながら、人生の意義と目的を悟るほどの霊的資質を身につけていない人がいます。

無用の心配をするということそのことが、霊的成長の欠如の指標と言えます。

たとえわずかでも心配の念を抱くということは、まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。

もし確信があれば心配の念は出てこないでしょう。

偉大なる魂は、泰然自若(たいぜんじじゃく)の態度で人生に臨みます。

確信があるからです。

その確信は何ものによっても動揺することはありません。

このことだけは、絶対に譲歩するわけにはいきません。

なぜなら、それが私たち霊の教えの土台であらねばならないからです。」
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by ice-kiss | 2015-08-14 22:47

祈りはその人そのもの

一 私は祈りの念が、霊界へ届けられる経路について考えさせられることがよくあります。
祈り方にも色々あり、特に病気平癒の祈願がさかんに行われています。
その一つとして、患者へ向けて祈念する時間が長いほど効果があると考えている人がいます。
一体祈りは霊界で、どういう経路で届いているのか知りたいのですが。

「この問題は祈りの動機と祈る人の霊格によります。

ご承知のとおり宇宙は、すみからすみまで法則によって支配されており、偶然とか奇跡とかは絶対に起こりません。

もしもその祈りが、利己心から発したものであれば、それはそのままその人の霊格を示すもので、そんな人の祈りで病気が治るものでないことは言うまでもありません。

ですが、自分を忘れ、ひたすら救ってあげたいという真情から出たものであれば、それはその人の霊格が高いことを意味し、それほどの人の祈りは高級神霊界にも届きますし、自動的に、治療効果を生む条件を作り出す力も備わっています。

要するに祈る人の霊格によって決まることです。」

一 祈りはその人そのものということでしょうか?

「そういうことです。」
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by ice-kiss | 2015-08-14 00:09
一 地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能でしょうか?
全ての人間を愛することは可能なのでしょうか?

「それは不可能なことです。

が、そう努力することは出来ます。

努力することそのことが、性格の形成に役立つのです。

怒ることもなく、つらく当たることもなく、腹を立てることもないようでは、もはや人間ではないことになります。

人間は霊的に成長することを目的として、この世に生まれて来るのです。

成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。

それは霊界へ来てからも同じです。」
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by ice-kiss | 2015-08-12 21:23

霊訓中の霊訓


by ice-kiss