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地上の人間は、肩書きやラベルや名称を崇めるのがお好きです。

が、クリスチャンを名のろうと無神論者を名のろうと、何の違いもありません。

大切なのは実生活において何をするかです。

仮に、ここに宗教など自分には無縁だと言う人がいるとしましょう。

神の名を唱えても頭を下げようとしません。

しかし性格は正直で、人のためになることを進んで行い、弱い者に味方し、足の不自由な犬が柵を越えるのさえ手助けしてやり、打ちひしがれた人々の身になって考え、困った人を援助しようと心掛けます。

もう一人は見たところ実に信心深い人です。

あらゆる教義、あらゆる教説を受け入れ、信仰上の礼儀作法には口やかましく気を使います。

しかし心の奥に慈悲心はなく、生活の中において何ら人のためになることをしません。

前者の方が後者より遥かに宗教的人物と言えます。
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by ice-kiss | 2015-07-11 22:09
宇宙がいかに巨大にして莊厳であるとは言え、全てが絶対的法則によって支配されていることを知ったからこそ、こうしてその法則をお教えしようと努力しているわけです。

その法則とは、原因には必ずそれ相当の結果が伴うということです。

自分が蒔いたタネは自分で刈り取るということです。

所詮はごまかすことが出来ない 一 なぜなら自分の言動が、その性格と成長具合に消そうにも消せない印象を刻み込むからです。

こうした真理を土台として、真の宗教を築かねばなりません。

大主教の宮殿で何を説こうと、大聖堂で何を説こうと、寺院、教会堂、礼拝堂、その他、世界中いかなるところで何を説こうと、それが今述べた単純な基本的真理と矛盾したものであれば、それは誤りです。

極めて簡単な真理なのです。

人生を霊的摂理が支配していること、お互いが助け合うことが一番大切であること、それが魂を成長させ、性格を形成し、死後に待ち受ける新しい生活に、霊的な備えを与えることになる 一 ただ、それだけなのです。
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by ice-kiss | 2015-07-10 22:16
大半の人間は、地上だけが人間の住む世界だと考えています。

現在の生活が人間生活の全てであると思い込み、そこで物的なものを 一 いずれは残して死んでいかねばならないものなのに 一 せっせと蓄積しようとします。

戦争、流血、悲劇、病気の数々も元はと言えば、人間が今その時点において立派に霊的存在であること、つまり人間は肉体のみの存在ではないという生命の神秘を知らない人が多すぎるからです。

人間は肉体を通して自我を表現しているスピリットなのです。

それが地上という物質の世界での生活を通して、魂を成長させ発達させて、死後に始まる本来の霊の世界における生活に備えているのです。
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by ice-kiss | 2015-07-09 21:40
ラベルはどうでもよいのです。

形式はどうでもよいのです。

口先だけの文句はどうでもよいのです。

大切なのは“行い”です。

“行為”です。

つまり各人の毎日の“生活”そのものです。

私たち霊は、因果律という絶対的な摂理を説きます。

つまり誰一人として、その神の摂理のウラをかくことは出来ません。

ごまかすことは出来ません。

自分が自分の救い主であり、贖(あがな)い主であり、自分の過ちには自分が罰を受け、善行に対する報酬も自分が受けると説くのです。

また、神の摂理は機械的に機能し、自動的に作用すると説きます。

すなわち、親切、寛容、同情、奉仕の行為が自動的にそれ相応の結果をもたらして霊性を高め、反対に利己主義、罪悪、不寛容の精神は自動的に霊性を下げます。

この法則は変えようにも変えられないのです。

みっともない執行猶予も、安価な赦免(しゃめん)もありません。

神の公正が全宇宙に行き渡っております。

霊的な小人が巨人のフリをしてもごまかせません。

死の床での悔い改めも通用しません。
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by ice-kiss | 2015-07-08 21:45
絶対に許してならないことは、不安の念を心に居座らせることです。

取り越し苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、むしばみます。

判断力を鈍らせます。

理性を曇らせます。

事態を明確に見極めることを妨げます。

いかなる人間も、自分で解決できないほどの問題は決して与えられません。

克服できないほど大きな障害は生じません。

内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。

地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。

内在する霊的属性の、ごくごく一部しか発揮しておりません。

よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて、勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。

病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野が遮られている時には洞察力を与えてくれます。

それを可能にするのは、あなた方の心掛け一つにかかっております。
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by ice-kiss | 2015-07-07 21:58
一 地上で有名人だった人とは別に、霊界へ行ってから有名になった人がいるものでしょうか?

「もちろんですとも。

地上での名声は単なる“生まれ”に由来し、他に何の要因もない場合が多いものです。

生き様、努力、苦労によって勝ち得たものでない場合が多いのです。

そうした中で、全く名を知られず偉大さを認められなかった人物が、霊界へ来てそれにふさわしい評価を受けている人が、大勢、実に大勢いるものです。

魂こそ消そうにも消せないパスポートなのです。」
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by ice-kiss | 2015-07-06 21:30

実によりて人を知るべし

私たち霊が絶対に誤りを犯さないとは申しません。

もっとも、故意の偽りを述べることとは全く別問題です。

実によりて木を知るべし 一 これは実に良い判断方法です。

もし利己主義や欲得をあおるような、あるいは世間への義務をおろそかにさせたり、汚い考えや隣人への思いやりに欠ける言説を吐くようなことがあったら 一 もしも慈悲の心を忘れさせ、自己本位の生き方を勧めるようなことがあったら、それが立派な罪悪性の証拠と言えます。

が、私たちの教え、私たちの説く思想は、霊の世界から発せられる全てのものの底流にある唯一の動機、すなわち“人のために自分を役立てる”ということを第一に強調するものです。

皆さんも互いに助け合い、自分が得たものを他人に分け与え、かくして神の恩寵が世界中に広がるように努力して頂きたいのです。

実によりて人を知るべし 一 これが最後に勝利を収める方法です。

なぜなら、それが神の御心であり、その神は愛と叡智によって動かされて、大自然の法則を通じて働いているからです。
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by ice-kiss | 2015-07-05 21:49
私たちの世界 一 あなた方人間の世界から移住してくる霊の住む世界から見ると、真実の宗教は人のために役立つこと、これしかないことが分かります。

無私の善行は霊の通貨なのです。

すなわち人のために精一杯の努力をする人は、その誠意によって引きつけられる別の人によって、そのお返しを受けるのです。

これまでの人生であなたは、大勢の人々の生活に幸せと理解力と知識をもたらしましたが、その分だけあなたは地上の人だけでなく、はるか昔に地上を去り、その後の生活で身につけた叡智を、あなたを通じて地上にもたらさんと願う、光り輝く霊も引き寄せております。
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by ice-kiss | 2015-07-04 21:41
いかなる人間にも必ず試練と困難、すなわち人生の悩みが訪れます。

いつも日向ばかりを歩いて陰を知らないという人は、一人もいません。

その人生の難問がどの程度まであなたに影響を及ぼすかは、あなたの霊的進化の程度に掛かっています。

ある人には何でもないことのように思えることが、あなたには大変なことである場合があります。

反対に、ある人には大変な問題に思えることが、あなたには些細なことに思えることもあります。

各自が自分なりの運命を築いていくのです。

あなたに一個の荷が背負わされる。

それをどう扱うかはあなた次第です。

“よし、担ぎ通してみせるぞ。これは自分の荷物なのだから”という気持ちになれば、軽く感じられるものです。

それだけ魂が成長するからであり、その成長の過程において内部のある力が魂を癒してくれます。

困難に際して真っ正直さと勇気とをもって臨んで、霊的に損をする人は絶対にいません。

何一つ怖がるものはないのです。
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by ice-kiss | 2015-07-03 21:00
一 現代の教育に欠けているものは何でしょうか?

「人間それ自身についての真理を教える用意がなされていないことです。

人間が霊的な宿命を背負っている霊的存在であるという事実へ指向された教育がないことです。

根本的にはどの教育も、人間は本来が肉体的存在で、それに精神 一 そしてたぶん魂とおぼしきもの 一 が宿っていると教えています。

本来が霊的存在で、それが肉体に宿っていること、今この地上においてすでに“霊”なのであり、それが自我を発揮し霊性に磨きをかけていること、日々が霊性を豊かにするための教訓を学ぶ好機であり、死後に待ち構えている、より大きな生活への準備をしているという事実を教えておりません。

子供の潜在的能力についての理解、宗教についての理解 一 これが欠けております。

そして、大して必要でもない知識を教え込むことに関心が向けられすぎております。」
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by ice-kiss | 2015-07-02 23:09

霊訓中の霊訓


by ice-kiss