<   2015年 07月 ( 31 )   > この月の画像一覧

物的な側面だけを見つめてはいけません。

物的尺度で無限なるものを計ることは出来ません。

そのことを常に念頭に置いて物事を判断して下さい。

物的な目だけで見れば、地上は不公平だらけです。

しかし、悪行に対する懲罰があるように、善行に対する報酬も必ずあります。

霊的な天秤はいつかは平衡を取り戻すようになっているのです。

地上生活は永遠なる生命の、ごく短い一時期に過ぎません。

人間にとって悲劇に思えることが、私たち霊にとって有り難いことである場合があります。

人間が有り難がっていることが、私たち霊にとって困ったことである場合があります。

人間は私たち霊から見て、どうでもいいこと、あるいは霊的に何の価値もないものを大切にしすぎます。

財産、この世的な富、権力、支配への欲望です。

強欲と貪欲によって動かされている人間が多すぎます。
f0328373_21330855.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-21 21:33
惑星は物的存在です。

それぞれに放射物を出し、バイブレーションを発しております。

しかし、あなた方は物的存在であると同時に霊的存在です。

内部には、物的なものから受ける影響の全てを克服する力を備えております。

未来は過去が生んでいきます。

自分の行為を思念によって創り出していくのです。

大自然の法則については、すでにお話しました。

その一つに因果律があります。

自分が蒔いたタネは自分が刈り取るという法則です。

ある花のタネを蒔けば、その種類の花が咲き、それ以外の花は咲きません。

あなた方の未来も同じです。

過去と現在によって決定されるのです。

外部から与えられる罰ではありません。

自分でこしらえていくのです。

これから先どうなるのだろう 一 こうした不安の念を抱くということ、それ自体が、それを本当に実現させる手助けをしていることになります。
f0328373_21515688.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-20 21:51
一 地上でたどるべきコースが分かっているとすると、その結果得られる成果についても分かっているということでしょうか?

「その通りです。」

一 そうなると、前もって分かっているものをわざわざ体験しに再生することになりますが、そこにどんな意義があるのでしょうか?

「地上に再生する目的は、地上生活から戻って来て霊界で行うべき仕事があって、それを行うだけの霊的資格(実力)をつけることにあります。

前もって分かったからと言って、霊的進化にとって必要な体験を身につけたことにはなりません。

たとえば、世界中の書物を全部読むことは出来ても、その読書によって得た知識は、体験によって強化されなければ、身についたとは言えますまい。

霊的成長というのは、実際に物事を体験し、それにどう対処するかによって決まります。

その辺に地上への再生の全目的があります。」
f0328373_20392275.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-19 20:39
一 大きなカルマを背負って生まれて来た人間が、何かのキッカケで愛と奉仕の生活に入った場合、そのカルマがいっぺんに消えるということはあり得ますか?

「自然法則の根本はあくまでも原因と結果の法則、つまり因果律です。

カルマも、その法則の働きの中で消されていくのであって、途中の過程を飛び越えていっぺんに消えることはありません。

原因があれば必ずそれ相当の結果が生じ、その結果の中に、次の結果を生み出す原因が宿されているわけで、これはほとんど機械的に作動します。

質問者がおっしゃるように、ある人が急に愛と奉仕の生活に入ったとすれば、それはそれなりにカルマの消滅に寄与するでしょう。

しかし、いっぺんにというわけには行きません。

愛と奉仕の生活を積み重ねていくうちに徐々に消えていき、やがて完全に消滅します。

カルマという借金をすっかり返済したことになります。」
f0328373_21490636.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-18 21:48

無限に苦難の道が続く

一 これからも無限に苦難の道が続くのでしょうか?

「そうです。

無限に続きます。

なんとなれば、苦難の試練を経て初めて神性が開発されるからです。

ちょうど金塊が、ハンマーで砕かれ磨きをかけられて初めてその輝きを見せるように、神性も苦難の試練を受けて初めて、強くたくましい輝きを見せるのです。」

一 そうなると、死後に天国があるということが意味がないのではないでしょうか?

「今日あなたには天国のように思えることが、明日は天国とは思えなくなるものです。

というのは真の幸福というものは、今より少しでも高いものを目指して努力するところにあるからです。」
f0328373_21280097.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-17 21:27
一 自らの行為によって、霊の世界へ行くことは許されることでしょうか?
たとえば最愛の伴侶を亡くした人の場合です。

「許されません。

あくまでも摂理に従って寿命を全うしなければなりません。

神の摂理は常にその働きが完璧だからです。

完全な愛によって、つまり全存在に宿り全存在を通じて働いている、神の意志によって支配されているからです。

その摂理の働きに干渉する権利は誰にもありません。

もし干渉して、与えられた寿命を自らの手で切り上げるようなことをすれば、それに対する代償を支払わされます。

たとえばリンゴを熟さないうちにもぎ取れば、リンゴの美味しさは味わえません。

それと同じで、霊的に熟さないうちに無理矢理に次の世界へ行くようなことをすると、(地上での悲しく苦しい期間よりも)長い期間に渡って辛い体験を支払わされることになります。

おまけに、せっかく一緒になりたいと思った愛する人にも会えないことにもなります。

その摂理に背いた行為が、一種のミゾをこしらえるからです。」
f0328373_21261298.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-16 21:26
地上の人類はまだ、痛みと苦しみ、困難と苦難の意義を理解しておりません。

が、そうしたもの全てが霊的進化の道程で大切な役割を果たしているのです。

過去を振り返ってごらんなさい。

往々にして最大の危機に直面した時、最大の難問に遭遇した時、人生で最も暗かった時期が、より大きな悟りへの踏み台になっていることを発見されるはずです。

いつも日向で暮らし、不幸も心配も悩みもなく、困難が生じても自動的に解決されてあなたに何の影響も及ぼさず、通る道に石ころ一つ転がっておらず、征服すべきものが何一つないようでは、あなたは少しも進歩しません。

向上進化は困難と正面から取り組み、それを一つ一つ克服していく中でこそ得られるのです。
f0328373_21083692.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-15 21:08
人間は戦争が起きると“なぜ神は戦争を中止させないのか”“なぜ神は戦争が起きないようにしてくれないのか”と言って、私たち霊を非難します。

しかし神の摂理を自ら無視している限り、その責任は人間自身にあります。

自分の行為による結果だけは避けようとする、そういうムシのいい考えは許されません。

神の摂理は私たち霊も変えることは出来ません。

蒔いたタネは自分で刈り取らねばなりません。

高慢、嫉妬、怨恨、貪欲、悪意、不信、猜疑心 一 こうしたものが実れば、当然のことながら戦争、衝突、仲違いとなります。
f0328373_21335252.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-14 21:33
できるだけ高い界のバイブレーションに感応するようになって頂きたい。

自分が決して宇宙で一人ぽっちではないこと、いつもまわりに自分を愛する霊がいて、ある時は守護し、ある時は導き、ある時は補佐し、ある時は霊感を吹き込んでくれていることを自覚して頂きたい。

そして霊性を開発するにつれて、宇宙最大の霊すなわち神に近づき、その心と一体となっていくことを知って頂きたい。

そう願っているのです。

人間は、他人のために自分を役立てることによって、神に仕えることになります。

その関係を維持している限り、その人は神のふところに抱かれ、その愛に包まれ、完全な心の平和を得ることになります。
f0328373_21383346.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-13 21:38
一 子供の頃から動物に対して残酷なことをして育った場合は、霊界でどんな取り扱いを受けるのでしょうか?
動物の世話でもさせられるのでしょうか?

「人間の長い歴史を通じて、動物がいかに人間にとって役立ってきたかを教えることによって、地上時代の間違った考えを改めさせないといけません。

霊界の動物界をあちらこちらと案内して、本来動物というものが、本当に動物を愛し理解する人間と接触すると、いかに愛らしいものであるかを、実際に見せてやります。

知識が増すにつれて誤った考えが、少しずつ改められていきます。

結局は残酷を働いたその影響は、動物だけでなく、それを働いた人間にも表れるものであることを悟ることになります。」
f0328373_21231179.jpg

[PR]
by ice-kiss | 2015-07-12 21:23

霊訓中の霊訓


by ice-kiss