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中絶は殺人行為です

一 中絶は神に対する罪になるのでしょうか?
それとも生まれ出ようとした霊に対する罪なのでしょうか?
あるいはその双方に対する罪なのでしょうか?
その場合、霊はどうなるのでしょうか?
中絶されることを、あらかじめ知っているのでしょうか?
もし知っているとすれば、なぜ、わざわざその身体を求めたのでしょうか?

「中絶は殺人行為です。

その認識のもとにお考えになればよろしい。

が、動機となる事情には、やむを得ないものがあることも私は理解しております。

なぜその身体に宿ったかということですが、母胎を提供した人物との間に因縁があって、それで霊の方から選択する場合があります。

中絶されてしまえば、別の身体を求めるでしょう。

同じ母胎に戻って来る場合もあります。」
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by ice-kiss | 2015-06-10 21:56

困難を歓迎するのです

魂の奥に隠された黄金は、叩き砕かれて初めてその光輝を発揮することになるのです。

ダイヤモンドは、最初からあの美しい姿で飾られているのではありません。

もとは土塊と埃の中に埋もれていたのです。

それが掘り起こされ、砕かれ、磨き上げられて、ようやくあの輝きを見せるのです。

霊性も同じです。

しごかれ、試されて初めて発揮されるのです。

鋼鉄と同じです。

それ以外に方法はないのです。

苦難を体験して初めて霊(魂)の光輝と崇高性が発揮されるのです。

ですから、困難を魂への挑戦課題として歓迎するのです。

それが地上人生の目的なのです。

もしも気楽でのん気な生活を送っていたら、内部に宿る素晴らしい霊性に気づかないまま、生涯を終えることになります。
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by ice-kiss | 2015-06-09 22:03
一 一ヶ月前に他界したばかりの人が、通信を送ってきたのですが、その話の中で、霊界の朝と昼と夜の生活ぶりを語っています。
霊界でも地上と同じ“一日”の生活があるのでしょうか?

「霊界へ来て、まだ霊的バイブレーションに順応していないうちは、地上時代と同じパターンの生活を営みます。

低級界、いわゆる幽界は、色々な点で地上とソックリです。

これは、新参者にショックを与えないようにとの神の配慮なのです。

いきなり環境が変わると順応が難しいからです。

そこで、今おっしゃった方のように、霊界へ来てからも引き続き、朝と昼と夜の生活を営む者がいることになります。

そういうものという固定観念を抱いているために、そうなるのです。

霊界は思念が実在となる世界です。

意識の変化が生じない限り、その状態が続きます。

それとは別に、地上に残した愛する者の面倒を見たくて、より高い世界への向上を望まない者もいます。」
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by ice-kiss | 2015-06-08 23:08

幸せに近道はありません

薬物中毒患者 一 いかなる種類のものであれ、安易な手段、手っ取り早い方法で幸せを求めようとする堕落者 一 を扱うのも、私たち霊の仕事なのです。

いけません!

幸せに近道はありません。

タネ蒔きと刈り取り、原因と結果の法則が厳然と存在するのです。

万一その摂理が逆転して、一瞬のうちに罪が許されて聖人君子になれるとしたら、神の公正が愚弄されたことになります。

摂理の働きは絶対なのです。

人間には三つの義務があります。

自分自身への義務、生活を共にする者への義務、そして地上の同胞への義務です。

自分一人の勝手な振舞いは許されません。

薬物を使うのは自分の勝手という言い訳は許されません。

正しい手段で、しかも努力の積み重ねによって身につけないといけません。

もしも努力も葛藤もなしに得られるものだったら、それは初めから手に入れる価値のないものです。
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by ice-kiss | 2015-06-07 22:22
毎朝の到来が素敵な機会の前触れです。

霊的ならびに精神的に、わくわくする体験をもたらしてくれます。

毎朝、新しい世界が誕生しているのです。

大いなる気持ちで迎えることです。

そして一日が終わって、これから一時的にその肉体を離れる(眠る)前に、今日一日のうちに、人のために役立つ機会を頂いたことを、神に感謝すると同時に、自分の行なったことに間違いがなかったことを祈ることです。

もしも明らかに間違っていたと思われることがあれば、もう一度やり直す機会を下さるように、お願いすることです。

失敗を恐れる必要はありません。

転ぶということは、もう一度立ち上がることが出来るということです。

一度も転んだことのない人は、真っすぐに立つということがどういうものかを知らない人です。
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by ice-kiss | 2015-06-06 23:57
神は、ご機嫌がいいと褒美を与え、腹を立てるとバチを与えるというようなものではありません。

原因と結果の連鎖が、摂理にのっとって自動的に、あるいは機械的に、途切れることなく続くのです。

何事にも自分が責任を負うのです。

良い行い、つまり人のためになることをすれば、自動的に霊性の向上という結果が生じます。

反対に、人間の煩悩から過ちを犯した場合、言いかえると物的欲望にこだわりすぎて、堕落した生活に陥った時は、自動的に霊性が低下します。

人のために役立つことをしただけ、それだけあなた方も他人から、ここぞという時に手を差しのべてもらえるのです。

そうした生活を続けていると、内なる輝き、内なる落ち着き、内なる平安というものが備わってきていることに気づきます。

それは、霊の世界の援助者とのつながりが、より緊密になってきていることの証拠です。
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by ice-kiss | 2015-06-05 22:24
摂理は完璧です。

摂理の働きが狂うということは絶対にありません。

必ず摂理通りになるのです。

償いも完璧ですし、報いも完璧です。

公正も完璧ですし、行き渡らないところは絶対にありませんし、あらゆる面で完璧です。

完全なる叡智によって編み出されたものだからです。

あなたが手にするものは、あなたの努力に相当するものだけです。

あなたの霊性の進化は、それ相当の努力をした分だけです。

今あなたが置かれているレベルは、これまでに努力してきた、その成果です。

それより高くは上がれませんし、また、それより低いところへ下りたいとも思わないでしょう。
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by ice-kiss | 2015-06-04 22:31
お互いが心の中に敵意を宿しているうちは、外にも平和はあり得ません。

憎悪・激情・敵意・貪欲などに燃えている人がひしめき合っている時に、協力体制などというものが出来るでしょうか。

愛とは摂理の成就であると言います。

地球上の人間の一人一人が、兄弟であり、姉妹であり、全人類が親戚縁者であることを理解すれば、互いに慈しみ合うに違いありません。

そういう意図のもとに神は、各自に神性の一部を賦与し、その連鎖の輪が全世界を取り巻くようにして下さっているのです。

現段階の人類はまだ、自分が基本的には霊的存在であるという永遠の真理を、実感をもって認識するまでには至っておりません。

同じ神性を宿しているが故に、お互いが切ろうにも切れない霊的な縁で結ばれており、進歩するも退歩するも、一蓮托生ということです。
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by ice-kiss | 2015-06-03 22:06
罰をすり抜けられる者は一人もいません。

法則は必ず法則通りに働くのです。

地上生活中にその結果が出なくても、霊界へ来て償いをさせられます。

いかなる手段をもってしても、因果律を変えることは出来ないのです。

不変であり、不可避であり、数学的正確さをもって働きます。

原因があれば、必ず結果が生じるのです。

誰一人、悪行の結果をすり抜けられる者はいません。

もし、それが可能だとしたら、神が神であるゆえんの“公正”というものが崩れてしまいます。

こうした問題において、いつも私が強調しているもう一つの側面があります。

それは、残念ながら人間には長期間の展望が持てないということ、いつも目先のものしか目に入らないということです。

皆さんには地上での結果しか見えないのですが、霊の世界へ来れば、全てがきちんと精算されていることが分かります。
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by ice-kiss | 2015-06-02 22:47
一 ジャーナリストが、霊媒や霊的な思想を軽蔑する記事を書いたりした場合、そのジャーナリストは、この地上生活中に何らかのバチが当たるのでしょうか?

「バチが当たるというようなことは、地上の世界でも霊の世界でもありません。

全ては原因に対する結果という形で進行するだけです。

バチは間違った行為の結果であり、タネ蒔きと刈り取りの関係です。

問題は“動機”に帰着します。

つまり、そのジャーナリストは自分の記事の内容を、本当にそう信じて書いたのか、それとも正直とか公正とか真理探求といった、高尚な問題の範疇(はんちゅう)に属さない、何か別の単純な動機から書いただけなのかといった要素が、結果に影響します。

蒔いたタネが実を結ぶのです。

その結果が、地上の世界で出るかどうかの問題は、また別の問題です。

出る場合もあれば、出ない場合もあります。

それに関わる霊的原理によって決められることです。」
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by ice-kiss | 2015-06-01 23:14

霊訓中の霊訓


by ice-kiss