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人生において、自分が役に立つということほど大きな喜びはありません。

どこを見ても闇ばかりで、数え切れないほどの人々が、道を見失い、悩み、苦しみ、悲しみに打ちひしがれ、朝、目を覚ます度に、今日はどうなるのだろうかという不安と恐怖におののきながら生きている世の中にあって、たった一人でも心の平静を見出し、自分が決して一人ぽっちの見捨てられた存在ではなく、無限の愛の手に囲まれているという霊的事実に目覚めさせることが出来たら、これはもう立派な仕事と言うべきです。

他のいかなる仕事にも優る、大切な仕事を成し遂げたことになります。
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by ice-kiss | 2015-06-20 22:58
私たちは、相互援助と相互扶助の縁によって結ばれ、お互いに役立つものを施し合っております。

ここまで目を開かせて頂いたことを、神に感謝しましょう。

これを土台として、私たちを創造し、育み続けて下さる、御力の存在を信じましょう。

その御力が、自分より恵まれぬ人々に施されるための通路となるよう心掛けましょう。

私たちは神の御前にいるのだという自覚を常に忘れず、手を差しのべさえすれば、必要なものが能力に見合っただけ施されることを、忘れないように致しましょう。

それは無限の可能性を秘めた、無限なる霊の、無限なるエネルギーなのです。
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by ice-kiss | 2015-06-19 23:05
もしも現在の自分に満足し始めたら、それは退歩し始めたことを意味します。

今の自分に飽き足らず、常に新しい視野を求めている時、その時こそ進歩しているのです。

あなた方人間の世界には、“自然は真空を嫌う”という言葉があります。

じっとしている時がないのです。

前進するか、さもなくば後退するかです。

霊は全生命の創造力であるからこそ、じっとしていることが出来ず、どこかに新しいはけ口を求め、従って満足することがないのです。

何も霊媒現象を通して働くばかりが霊力ではありません。

芸術家を通して、哲学者を通して、あるいは科学者を通しても発現することが出来ます。

要するに、あなた方自身の霊的自覚を深める行為、あなた方より恵まれない人々に何か役に立つ仕事に携わることです。

看板は何であっても構いません。

関わる宗教、政治、芸術、経済が、いかなる主義・主張を掲げようと問題ではありません。

実際に行う無私の施しが進化を決定づけるのです。
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by ice-kiss | 2015-06-18 22:51
もしも神が、霊である私に何か一つ、あなた方人間へプレゼントすることを許されたとしたら、私が何よりも差し上げたいと思うのは、“霊的視力”です。

この薄暗い地上に生きておられるあなた方人間を、私は心からお気の毒に思うのです。

あなた方は、身のまわりの見えざる世界の輝きが、どれほど素晴らしいものかをご存知ない。

宇宙の美しさがご覧になれない。

物質という霧が全てを遮断しています。

それはちょうど、厚い雲によって太陽の光が遮られているようなものです。

その輝きを一目ご覧になったら、この世に悩みに思うものは何一つないことを、自覚されるはずです。
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by ice-kiss | 2015-06-17 22:59
人間は、物質の中に埋もれた生活をしているために、バイブレーションが低くなっております。

朝、目を覚まし、まだ意識が完全に働かないうちから、あれやこれやと煩わしいことや心配事の波にのみ込まれていきます。

大きい悩み、小さい悩み、真実の悩み、取り越し苦労に過ぎないもの等々いろいろあります。

が、いずれにせよ、全ては一時的なものに過ぎないのですが、そういうものに心を奪われてしまうと、背後で霊が働いてくれている事実を忘れ、あなた方の思考の流れの中から霊的要素を閉め出してしまい、霊的流入を遮断する、一種の壁をこしらえてしまいます。
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by ice-kiss | 2015-06-16 22:55
この宇宙をこしらえた力が生命活動を司(つかさど)っているのです。

生命は物質ではありません。

霊なのです。

そして霊はすなわち生命なのです。

生命のあるところには必ず霊があり、霊のあるところには必ず生命があります。

あなた自身も生命そのものであり、それ故に神とのつながりがあり、それ故にあなたも、この無限の創造進化の過程に参加することが出来るのです。

その生命力は必要とあらばいつでも、あなたの生命の井戸からくみ上げることが出来ます。

その身体に宿る霊に秘められた莫大なエネルギー、あなたの生命活動の動力であり活力であり、あなたの存在を根本において支えている力を呼び寄せることが出来るのです。

あなた方にはそれぞれに、この世で果たすべき仕事があります。

それを果たすためには、こうした知識を摂取し、それを活力としていくことが必要です。

霊に宿された資質を自らの手で発揮することです。

そうすることは、暗闇で苦悩する人々に光を与える小さな灯台となることであり、そうなれば、あなたのこの世での存在の目的を果たしたことになります。
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by ice-kiss | 2015-06-15 22:44
正しい物の見方を身につけなくてはなりません。

つまり、あなた方は本来が霊的存在であり、それが肉体という器官を通して自己を表現しているのだということです。

霊的部分が本来のあなたなのです。

霊が上であり身体は下です。

霊が主人であり身体は召使いなのです。

霊が王様であり身体はその従僕なのです。

霊はあなた全体の中の神性を帯びた部分を言うのです。

それは、この全大宇宙を創造し、計画し、運用してきた大いなる霊と、本質的には全く同じ霊なのです。

つまり、あなたの奥には、いわゆる“神”の属性である莫大なエネルギーの全てを未熟な形、あるいはミニチュアの形、つまり小宇宙の形で秘めているのです。

その秘められた神性を開発し、それを生活の原動力とすれば、心配も不安も悩みも、立ちどころに消えてしまいます。

なぜなら、この世に自分の力で克服できないものは、何一つ起きないことを悟るからです。

その悟りを得ることこそ、あなた方の勤めなのです。

それは容易なことではありません。
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by ice-kiss | 2015-06-14 22:57
一 医師の述べるところによりますと、最近の病気の主なものは、プレッシャーと仕事上の悩みだそうです。
これには、あなたのおっしゃる(三位一体の)不調和が、どの程度まで介入しておりますでしょうか?

「あなたが今おっしゃったことは、私が言っていることを別の言葉で表現したまでです。

仕事上の悩みをおっしゃいますが、つまりは不調和のことです。

魂と精神と肉体の三者が調和していれば、仕事にせよ何にせよ、悩みは生じません。

悩むということは、調和を欠いているということの証拠です。

霊的知識を手にした者が悩むようではいけません。

悩みや心配はマイナスのエネルギーです。

霊的に啓発された魂は、取り越し苦労とは無縁です。

私はそれを不調和と呼び、あなたは仕事上の悩みと呼んでいるまでのことで、自分が永遠の存在であることを知り、従って地上のいかなるものにも傷つけられることはないとの信念に燃える者に、悩みの入る余地はありません。」
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by ice-kiss | 2015-06-13 22:06
この神のしろしめす宇宙という大機構の中においては、誰一人として、またいかなる存在と言えども、放っておかれるということは、摂理上あり得ないことです。

大自然の摂理は完璧ですから、全てを包摂しております。

何一つ、誰一人として、その支配から免れることは出来ません。

神が見落とすということはあり得ないのです。

どこにいようと、あなた方は大自然の摂理の支配下にあり、天の配剤を受けております。

あなたにとって今何が必要かは、神は先刻ご承知です。

それを祈りによって表現することは結構なことです。

なぜなら、その時点における、その人の霊的ならびに精神的発達程度に応じて、可能な限りの援助が得やすくなるからです。

なるべくなら、言葉に出して祈った方がよろしい。

その波動によって、あなたが何を動機に祈っているのか、その意図が鮮明になるからです。
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by ice-kiss | 2015-06-12 22:07
霊(魂)が正常であれば、精神も正常であり、身体も正常です。

身体に生命を賦与しているのは霊です。

霊はすなわち生命であり、生命はすなわち霊です。

霊とは神であり、神がすなわち生命ということです。

物的身体は霊が自我を表現するための道具であり、精神はそのためのコントロールルームと思えばよろしい。

残念ながら、現代の忙(せわ)しい生活機構が、緊張とストレスと過労を生んでおります。

それが調和を乱すのです。

魂が病み、精神が病み、それが肉体に病的症状を生み出します。

心身症という病名がありますが、これは精神と魂に起因する病気のことです。

ですから、仮に心配が原因で潰瘍が生じた場合は、その潰瘍部分を切除しても何にもなりません。

心配をするという精神の病がある限りは、また潰瘍が生じます。

心配をしないように精神を修養するしかありません。

そうすれば潰瘍も消えます。
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by ice-kiss | 2015-06-11 21:58

霊訓中の霊訓


by ice-kiss