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弱気になってはなりません。

毎朝を、これから先の使命達成の前触れとして明るく迎えることです。

これからも引き続き自信に満ちた生活の模範を垂れ、あなたより不如意な境遇のもとで、迷い、恐れ、疑い、大きな不安の中で生きている人々が、あなたの生活ぶりの中に、聖域、憩いの場、あるいは避難所を見出すことが出来るようにしてあげて下さい。

あなた自らが魂の灯台となって明るく照らせば、あなたはふんだんに霊の力の恩恵に浴し、それはひいては霊力の伝達者が同時に霊力の受信者でもあること、そのおかげで多くの仕事を成し遂げることが出来ることの証となるのです。
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by ice-kiss | 2015-06-30 21:08
人間生活には三つの側面があります。

まず人間は霊であり、次に精神であり、そして肉体です。

人間としての個性を存分に発揮するようになるのは、この三つの面の存在を認識し、うまく調和させるようになった時です。

物的世界にのみ意識を奪われ、物的感覚にしか反応を示さぬ人間は、精神的ならびに霊的な面においてのみ獲得される、より大きい、より深い、より美しい喜びを味わうことは出来ません。

反対に、精神的なもの、霊的なものばかりの瞑想的生活から生まれる内的満足のみを求め、この世の人間としての責務をおろそかにする人間は、一種の利己主義者です。

肉体と精神と霊 一 この三つは一つの生命が持つ側面です。

神が賦与して下さった才能の全てを、その三つの側面を通じて発揮するための、正しい知識を授けることが、こうして霊界から地上へ戻って来る霊の仕事なのです。

男性と女性は互いに補い合うべき存在です。

お互いが相手の足らざるものを備えております。

両者が完全に調和して、半分どうしが一体となった時こそ、神の意図が成就されたことになるのです。
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by ice-kiss | 2015-06-29 21:53
困難に遭遇しないようにしてあげるわけにはまいりません。

つまずかないようにと、石ころを全部、取り除いてあげるわけにはいきません。

ただ、たとえつまずいても、転ばないように手を取って支えてあげることは出来ます。

肩の荷を一緒に担いであげることによって、苦しみを和らげてあげることは出来ます。

同時に、喜びもともに味わって、一層大きくしてあげることも出来ます。

いかなる困難も、解決できないほど大きいものは決してありません。

取り除けないほど大きい障害物もありません。

私たち霊界の者からの援助があるからです。

人間の力だけでは無理と見た時は、別の援助の手があります。

人間としての精一杯の努力をした上での話ですが……。
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by ice-kiss | 2015-06-28 20:19

人のために己を役立てる

私たち霊が説く全教説の基調は、“人のために己を役立てる”という言葉に尽きます。

あなた方人間の世界のガンとも言うべき利己主義に対して、私たちは永遠の宣戦を布告します。

戦争を生み、流血を呼び、混乱を招き、破壊へ陥れる、かの物質万能主義を一掃しようと心を砕いております。

私たち霊の説く福音は、互助と協調と寛容と同情の精神です。

お互いがお互いのために尽くし合う。

持てる者が持たざる者、足らざる者に分け与える。

真理を悟った者が、暗闇にいる者を啓発するために、真理という名の財産を譲る。

そうあってほしいのです。

地上には、その精神が欠けております。

人間の一人一人が持ちつ持たれつの関係にあること、全ての人間に同じ神性が流れていること、故に神の目には全てが平等であること、霊的本性において完全に平等であるとの観念を広める必要があります。

性格において、成長において、進化において、そして悟りにおいて、一歩先んじている者が後れている者に分け与えるという行為の中に、偉大さがあるのです。
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by ice-kiss | 2015-06-27 23:16
一 永遠の生命を考えると、地上でのこんな限られた物的体験に意義があるでしょうか?

「永遠も無数の小さな体験の総計から成り立つのです。

一つの体験、一つの行為、一つの言葉、一つの思念にも、それがいかに小さなものであっても、それなりの意義があります。

そうした細々とした体験の寄せ集めが永遠を作るのです。

そのうちの一つが欠けても、完全性を失います。

たとえば、二、三百名から成るオーケストラの中で、トライアングルを一度だけ鳴らす人がいるとします。

分量から言えば、全くささやかな存在ですが、もしもその人が、そのたった一回の演奏で音階を間違えたらどうなりますか。

あるいは、音が弱すぎて聞き取れなかったらどうなりますか。

オーケストラ全体が台無しになるでしょう。

分かりますね。

あなた方の地上生活での体験も、それと同じことです。

一つ一つが魂を鍛え育てるための一部 一 大切な一部を担っているのです。

その体験は永久に魂に刻み込まれていきます。」
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by ice-kiss | 2015-06-26 20:50
一 地上で犯す罪は、必ず地上生活で報いを受けるのでしょうか?

「そういう場合もあれば、そうでない場合もあります。

いわゆる因果律というのは、必ずしも地上生活期間中に成就されるとは限りません。

しかし、いつかは成就されます。

必ず成就されます。

原因があれば結果があり、両者を切り離すことは出来ないのです。

しかし、いつ成就されるかという時間の問題になると、それはその原因の性質いかんに関わってきます。

すぐに結果の出るものもあれば、地上生活中には出ないものもあります。

その作用には情状酌量といったお情けはなく、機械的に作動します。

罪を犯すと、その罪がその人の魂に記録され、それなりの結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。

それが地上生活中に出るか否かは、私たち霊にも分かりません。

それは、様々な事情の絡んだ複雑な機構の中で行われるのですが、因果律の根本の目的が、永遠の生命である、霊性の進化にあることだけは確かです。」
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by ice-kiss | 2015-06-25 22:07
一 人間一人一人に守護霊がついているのですか?

「母体内での受胎の瞬間から、あるいはそれ以前から、その人間の守護の任に当たる霊が付きます。

そして、その人間の死の瞬間まで、与えられた責任と義務の遂行に最善を尽くします。

守護霊の存在を人間が自覚するとしないとでは、大いに違ってきます。

自覚してくれれば、守護霊の方も仕事がやりやすくなります。

守護霊は決まって一人だけですが、その援助に当たる霊は何人かおります。

守護霊にはその人間のたどるべき道が、あらかじめ分かっております。

が、その道に関して好き嫌いの選択は許されません。

つまり、自分はこの男性にしようとか、あの女性の方が良さそうだ、といった勝手な注文は許されません。

霊の世界は、実にうまく組織された機構の中で運営されております。」
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by ice-kiss | 2015-06-24 21:07
一 死後の世界でも罪を犯すことがありますか?

「ありますとも!

死後の世界でも、特に幽界というところは地上と非常によく似ています。

住民は地上の平凡人とほぼ同じ発達程度の霊たちで、決して天使でもなければ悪魔でもありません。

高級すぎもせず、さりとて低級すぎもせず、まあ、普通の人間と思えばいいでしょう。

判断の誤りや知恵不足で失敗もすれば、拭い切れない恨みや憎しみ、欲望などにとらわれて、罪悪を重ねることもあります。

要するに未熟であることから過ちを犯すのです。」
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by ice-kiss | 2015-06-23 21:36

敵を愛する

好感を覚える人を愛するのは、やさしいことです。

そこには徳性も神聖さもありません。

好感の持てない人を愛する 一 これが魂の霊格の高さを示します。

あなたに憎しみを抱いている人のもとに赴くこと、あなたの気に食わぬ人のために手を差しのべること、これは容易なことではありません。

確かに難しいことです。

しかし、あなた方は常に理想を目標としなければいけません。

他人に出来ないことをする、これが奉仕の奉仕たる所以だからです。

可哀そうにと思える人に優しくする、これは別に難しいことではありません。

気心の合った人に同情する、これも難しいことではありません。

が、敵を愛する、これは実に難しいことです。
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by ice-kiss | 2015-06-22 23:11
奉仕の仕事に嫌気が差してはなりません。

奉仕は霊の通貨のようなものです。

神が発行される万人共通の通貨です。

あなた方の仕事にとって必要な力は用意されています。

しかし、一度に大きな仕事を成就しようとしてはいけません。

今日は今日できることだけをして、明日やるべきことは今日は忘れることです。

力に限界が来たら、無理して出そうとするより補給することを考えなさい。

その方が、無理をしてその乏しいエネルギーを使い果たし、結局は仕事を全面的に休止しなければならなくなるよりはマシです。

限界があるのは、実はエネルギーではありません。

身体という機能の方です。

いかなる機械も、限界を超えた仕事を課せられると故障が生じます。

人間の身体ほど、多くの仕事を課せられながら休息の少ない機械は他にありません。

霊の宿る貴重な神殿です。

よく管理し、保護し、大切に使用すべきです。
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by ice-kiss | 2015-06-21 22:25

霊訓中の霊訓


by ice-kiss