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世間で言うところの“成功者”に、なるかならないかは、どうでもよいことです。

この世的な成功によって手に入れたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。

大切なのは、自分の霊性の最高のものに対して誠実であること、自分でこれこそ真実であると確信するものに目をつぶることなく、本当の自分自身に忠実であること、良心の命令に素直に従えることです。

それさえ出来れば、世間があなたをどう見ようと、自分は自分として最善を尽くしたのだという信念が湧いてきます。

そして、いよいよ地上生活に別れを告げる時が来た時、死後に待ち受ける生活への備えが十分に出来ているという自信を持って、平然として死を迎えることが出来ます。
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by ice-kiss | 2015-05-31 22:22
神は人間各自に、決して誤ることのない判断の指標、すなわち道義心というものを与えています。

その高さは、それまでに到達した霊的成長の度合いによって定まります。

あなたが地上生活のいかなる段階にあろうと、いかなる事態に遭遇しようと、それがいかに複雑なものであろうと、各自の取るべき手段を判断する力、つまりそれが自分にとって正しいか間違っているかを見分ける力は、例外なく備わっております。

あなたにとっては正しいことも、他の人にとっては間違ったことであることがあります。

なぜなら、あなたとその人とは、霊的進化のレベルが違うからです。

徴兵を拒否した人の方が、軍人より進化の程度において、高いこともあれば低いこともあります。

しかし、互いに正反対の考えをしながらも、双方ともそれなりに正しいということもあり得るのです。
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by ice-kiss | 2015-05-30 22:19

死は第二の誕生

“生”を正しい視野で捉えて頂きたい。

その中で“死”が果たしている役割を理解して頂きたいと思います。

人間はあまりに長い間、死を生の終わりと考えて、泣くこと、悲しむこと、悼むこと、嘆くことで迎えてきました。

私たち霊は、是非ともその無知 一 死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なす無知を取り除きたいのです。

そして、死とは第二の誕生であること、生の自然な過程の一つであること、人類の進化における不可欠の自然現象として、神が用意したものであることを理解して頂きたいのです。

死ぬということは生命を失うことではなく、別の生命を得ることなのです。

肉体の束縛から解放されて、痛みも不自由も制約もない、自由な身となって地上での善行の報いを受け、叶えられなかった望みが叶えられる、より豊かな世界へ赴いた人のことを悲しむのは間違いです。
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by ice-kiss | 2015-05-29 21:56
宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが、人間を長い間迷わせてきたようです。

実際は必ずしも、そうとは言えないのです。

ある宗教の熱烈な信者になったからと言って、それだけで霊的に向上するわけではありません。

大切なのは日常生活です。

あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。

祭壇の前にひれ伏し、神への忠誠を誓い、“選ばれし者”の一人になったと信じている人よりも、唯物論者や無神論者、合理主義者、不可知論者といった、宗教とは無縁の人の方が遥かに霊格が高いというケースが、いくらもあるのです。

問題は何を信じるかではなく、これまで何を為してきたかです。

そうでないと神の公正が根本から崩れます。
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by ice-kiss | 2015-05-28 22:40
一つの仕事を始めると、遅かれ早かれ難問が生じるものです。

しかし克服できないほど大きな問題は生じません。

先のことを心配してはいけません。

私も大きな歯車の歯の一つに過ぎません。

歯車は確実に回転します。

それを動かしている力は、物質界と霊界とを包含する大宇宙を経綸している力なのです。

その力が森羅万象を生み出したのです。

星雲を、太陽を、惑星を、大洋を、大海を、山を、花を、小鳥を、動物を、そしてあなた方人間を生み出したのです。

それほどの大きな力が、あなた一人の人生に手こずるわけがありません。

私たち霊は、人間の挫折を見たくて戻ってきたヤジ馬ではありません。

私たちがお持ちした霊力は、すでに地上に根づいております。

その力を阻止できるものは地上には存在しません。

背後霊に全幅の信頼を置きなさい。
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by ice-kiss | 2015-05-27 21:55
私にとって神とは、永遠不変にして全知全能の摂理としての宇宙の大霊です。

私はその摂理に、いかなる不完全さも欠陥も不備も見つけたことがありません。

原因と結果の連鎖関係が完璧です。

この複雑を極めた宇宙の生命活動のあらゆる側面において、完璧な配慮が行き渡っております。

たとえば、極大から極小までの無数の形と色と組織を持つ生物が存在し、その一つ一つが完全なメカニズムで生命を維持している事実に目を向けて頂けば、神の法則の全構図と全組織が、いかに包括的かつ完全であるかを認識されるはずです。

私にとって神とは法則であり、法則がすなわち神です。

ただ、あなたは不完全な物質の世界に生活しておられるということです。
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by ice-kiss | 2015-05-26 22:42

大切なのは行いです

ラベルはどうでもよいのです。

形式はどうでもよいのです。

口先だけの文句はどうでもよいのです。

大切なのは“行い”です。

“行為”です。

つまり各自の毎日の“生活”そのものです。

私は因果律という絶対的な摂理を説きます。

つまり誰一人として、その神の摂理のウラをかくことは出来ないのです。

ごまかすことは出来ないのです。

自分が自分の救い主であり、贖(あがな)い主であり、自分の過ちには自分が罰を受け、善行に対する報酬も自分が受けると説くのです。

また、神の摂理は機械的に機能し、自動的に作用すると説きます。

すなわち親切・寛容・同情・奉仕の行為が、自動的にそれ相応の結果をもたらして霊性を高め、反対に利己主義・罪悪・不寛容の精神は、自動的に霊性を下げます。

この法則は変えようにも変えられないのです。

みっともない執行猶予も安価な赦免もありません。

神の公正が全宇宙に行き渡っております。

霊的な小人が巨人のふりをしてもごまかせません。

死の床での悔い改めも通用しません。
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by ice-kiss | 2015-05-25 23:32

相手は自分より知らない

“悪”とは何かということを見極めておく必要があります。

地上生活の究極の目的は、“死”と呼ばれている現象の後に待ち構えている次の生活舞台に備えて、内部の霊性を開発することにあります。

開発するほど、洞察力が深まります。

霊性が開発され、進歩するにつれて、自動的に他人に対して寛大になり、哀れみを覚えるようになります。

これは、悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。

相手は自分より知らないのだという認識から生まれる一種の“我慢”です。

人間は往々にして、自分のしていることの意味が分からずに、全くの無知から行為に出ていることがあるものです。

そこがあなたの我慢のしどころです。

それは悪を放任し、黙認してしまうことではありません。

それは我慢ではなく、目の前の現実に目をつむることです。

真の意味の寛大さには、洞察力が伴います。

そして、いつでも援助の手を差しのべる用意が出来ていなければなりません。
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by ice-kiss | 2015-05-24 21:17
私は“悪”とは、同じエネルギーの用途を誤っていることだから許すべきではないという考え方をとります。

あなたが“悪い奴ら”と思っている人間は、未熟な人間ということです。

その人たちが表現しているエネルギーは、成長と改善のためにも使用できるのです。

自分から“悪人になってやろう”“利己主義者になってやろう”と思って、悪人や利己主義者になる人は、めったにいるものではありません。

悪い人間というのは霊的成長における幼児なのです。

聞き分けのない子供みたいなものです。

目に見え、手に触れるものだけが全てだと考え、従って物的世界が提供するものを全て所有することによってしか、自分の存在を主張できない哀れな人間なのです。

利己主義とは利他主義が方角を間違えたに過ぎません。
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by ice-kiss | 2015-05-23 22:35
(善悪の基準について問われて)それは一人一人の問題です。

一人の霊的自我の中に、絶対に誤ることのない判定装置が組み込まれているのです。

正常な人間である限り、言いかえれば精神的・知的に異常または病的でない限り、自分の行動と思考を監視する絶対に誤ることのない装置が内臓させております。

いわゆる道義心です。

考えること、口にすること、行うことを正しく導く不変の指標です。

それがいかなる問題、いかなる悩みに際しても、そのつど、自動的に、直感的に、そして躊躇することなく、あなたの判断が正しいか間違っているかを告げます。

それを人間は時として揉み消し、時として言い訳や屁理屈で片づけようとします。

しかし、真の自我はちゃんと分かっているのです。
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by ice-kiss | 2015-05-22 22:09

霊訓中の霊訓


by ice-kiss