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私たち霊が説く全教説の基調は“人のために己れを役立てる”という言葉に尽きます。

あなた方人間の世界のガンとも言うべき利己主義に対して、私たち霊は永遠の宣戦を布告します。

戦争を生み、流血を呼び、混乱を招き、破壊へ陥(おとしい)れる、かの物質万能主義を一掃しようと心を砕いております。

私たちの説く福音は、互助と協調と寛容と同情の精神です。

お互いがお互いのために尽くし合う。

持てる者が持たざる者、足らざる者に分け与える。

真理を悟った者が、暗闇にいる者を啓発するために真理という名の財産を譲る。

そうあってほしいのです。

地上には、その精神が欠けております。

人間の一人一人が、持ちつ持たれつの関係にあること、全ての人間に同じ神性が流れていること、故に神の目には全てが平等であること、霊的本性において完全に平等であるとの観念を広める必要があります。

性格において、成長において、進化において、そして悟りにおいて、一歩先んじている者が、後れている者に分け与えるという行為の中に偉大さがあるのです。
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by ice-kiss | 2015-02-08 21:55
ー 永遠の生命を考えると、地上でのこんな限られた物的体験に意義があるでしょうか?

「永遠も無数の小さな体験の総計から成り立つのです。

一つの体験、一つの行為、一つの言葉、一つの思念にも、それがいかに小さなものであっても、それなりの意義があります。

そうした細々とした体験の寄せ集めが、永遠を作るのです。

そのうちの一つが欠けても、完全性を失います。

たとえば、二、三百名から成るオーケストラの中で、トライアングルを一度だけ鳴らす人がいるとします。

分量から言えば、全くささやかな存在ですが、もしもその人が、そのたった一回の演奏で音階を間違えたら、どうなりますか。

あるいは、音が弱すぎて聞き取れなかったら、どうなりますか。

オーケストラ全体が台無しになるでしょう。

分かりますね。

あなた方の地上生活での体験も、それと同じことです。

一つ一つが魂をきたえて育て上げるための一部、大切な一部を担っているのです。

その体験は、永久に魂に刻み込まれていきます。」
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by ice-kiss | 2015-02-07 23:33
ー 地上で犯す罪は、必ず地上生活で報いを受けるのでしょうか?

「そういう場合もあれば、そうでない場合もあります。

いわゆる因果律というのは、必ずしも地上生活期間中に成就されるとは限りません。

しかし、いつかは成就されます。

必ず成就されます。

原因があれば結果があり、両者を切り離すことは出来ないのです。

しかし、いつ成就されるかという時間の問題になると、それはその原因の性質いかんに関わってきます。

すぐに結果の出るものもあれば、地上生活中には出ないものもあります。

その作用には情状酌量といったお情けはなく、機械的に作動します。

罪を犯すと、その罪がその人の魂に記録され、それなりの結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。

それが地上生活中に出るか否かは、私たち霊にも分かりません。

それは、様々な事情の絡んだ複雑な機構の中で行われるのですが、因果律の根本の目的が、永遠の生命である霊性の進化にあることだけは確かです。」
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by ice-kiss | 2015-02-07 00:00
ー 人間一人一人に守護霊がついているのですか?

「母体内での受胎の瞬間から、あるいはそれ以前から、その人間の守護の任に当たる霊がつきます。

そして、その人間の死の瞬間まで、与えられた責任と義務の遂行に最善を尽くします。

守護霊の存在を人間が自覚するとしないとでは大いに違ってきます。

自覚してくれれば、守護霊の方も仕事がやりやすくなります。

守護霊は、決まって一人だけですが、その援助に当たる霊は何人かおります。

守護霊には、その人間のたどるべき道が、あらかじめ分かっております。

が、その道に関して、好き嫌いの選択は許されません。

つまり、自分はこの男性にしようとか、あの女性の方が良さそうだ、といった勝手な注文は許されません。

霊の世界は、実にうまく組織された機構の中で、運営されております。」
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by ice-kiss | 2015-02-05 22:02

大切なのは日常生活です

ー 唯物主義者や無神論者は、死後の世界でどんな目に遭うのでしょうか?

「宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが、人間を長い間、迷わせてきたようです。

実際は必ずしもそうとは言えないのです。

ある宗教の熱烈な信者になったからといって、それだけで霊的に向上するわけではありません。

大切なのは日常生活です。

あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。

祭壇の前にひれ伏し、神への忠誠を誓い、“選ばれし者”の一人になったと信じている人よりも、唯物論者とか無神論者、合理主義者、不可知論者といった、宗教とは無縁の人の方が、遥かに霊格が高いといったケースが、いくらもあります。

問題は、何を信じるかではなく、これまで何をなしてきたかです。

そうでないと、神の公正が根本から崩れます。」
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by ice-kiss | 2015-02-04 21:29
完全なる愛は恐怖心を駆逐します。

知識も恐怖心を駆逐します。

恐怖は無知から生まれるものだからです。

愛と信頼と知識のあるところに恐怖心は入り込めません。

進歩した霊は、いついかなる時も恐れることがありません。

なんとなれば、自分に神が宿る以上は、人生のいかなる局面に遭っても、克服できないものはないとの信念があるからです。

これまであなたを包んできた愛が、今になって見放すわけがありません。

それは宇宙の大霊すなわち神から放たれる無限なる愛であり、無数の回路を通して、光輝を放ちつつ地上に至り、人のために役立たんと志す人々の力となります。

気力喪失の時には力を与え、悲しみの淵にある時は慰めを与えてくれます。

あなたのまわりに張り巡らされた防御帯であり、決して破られることはありません。

神の力だからです。
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by ice-kiss | 2015-02-03 21:36
霊の世界へ来た者が、なぜ地上へ舞い戻って来るか、ご存知ですか。

大多数の人間にとって死は有り難いことであり、自由になることであり、牢からの解放であるのに、なぜ戻って来るのでしょうか。

霊の世界の恩寵に存分に浸っておればよいはずです。

地上の住民を脅かす、老いと病と数々の煩悩に別れを告げたのです。

なのに、地上との間に横たわる、測り知れない困難を克服してまで、自ら志願して帰って来るのは、あなた方への愛があるからです。

彼らは愛の赴くところへ赴くのです。

愛のあるところに存在するのです。

愛あればこそ役に立ちたいと思うのです。

霊界において、いかなる敵対行為が私たち霊団の者へ向けられても、妨げんとする邪霊集団の勢力が、いかに強力であろうと、それが最後には効を奏することが出来ないのは、そうした愛に燃えた霊たちの働きがあればこそです。
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by ice-kiss | 2015-02-02 21:17

敵を愛する

好感を覚える人を愛するのはやさしいことです。

そこには、徳性も神聖さもありません。

好感の持てない人を愛する、これが魂の霊格の高さを示します。

あなたに憎しみを抱いている人のもとに赴くこと、あなたの気に食わぬ人のために手を差しのべること、これは容易なことではありません。

確かに難しいことです。

しかし、あなた方は常に理想を目標としなければいけません。

他人に出来ないことをする、これが奉仕の奉仕たる所以(ゆえん)だからです。

可哀想にと思える人に優しくする、これは別に難しいことではありません。

気心の合った人に同情する、これも難しいことではありません。

が、敵を愛する、これは実に難しいことです。
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by ice-kiss | 2015-02-01 22:10

霊訓中の霊訓


by ice-kiss