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神は人間各自に、決して誤ることのない判断の指標、すなわち道義心というものを与えています。

その高さは、それまでに到達した霊的成長の度合いによって定まります。

あなたが地上生活の、いかなる段階にあろうと、いかなる事態に遭遇しようと、それがいかに複雑なものであろうと、各自の取るべき手段を判断する力、つまり、それが自分にとって正しいか間違っているかを見分ける力は、例外なく備わっております。

あなたにとっては正しいことも、他の人にとっては、間違ったことであることがあります。

なぜなら、あなたとその人とは霊的進化のレベルが違うからです。

徴兵を拒否した人の方が、軍人より進化の程度において、高いこともあれば低いこともあります。

しかし、互いに正反対の考えをしながらも、双方ともそれなりに正しいということもあり得るのです。
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by ice-kiss | 2014-12-10 20:52

人間は霊魂なのです

大半の人間は、地上だけが人間の住む世界だと考えています。

現代の生活が人間生活の全てであると思い込み、そこで、物的なものを、いずれは残して死んでいかねばならないものなのに、せっせと蓄積しようとします。

戦争、流血、悲劇、病気の数々も、元はと言えば、人間が今この時点において立派に霊的存在であること、つまり人間は肉体のみの存在ではないという、生命の神秘を知らない人が多すぎるからです。

人間は、肉体を通して自我を表現している霊魂(スピリット)なのです。

それが、地上という物質の世界での生活を通して、魂を成長させ、発達させて、死後に始まる本来の霊の世界における生活に備えているのです。
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by ice-kiss | 2014-12-09 21:15
あなた方人間こそ“死者”です。

本当の生命の実相を知らずにいるという意味で、立派な死者です。

神の宇宙の美しさが見えません。

地上という極小の世界のことしか感識していません。

すぐ身のまわりに雄大な生命の波が打ち寄せているのです。

愛しい人たちは、そこに生き続けているのです。

そして、その背後には幾重にも高く界層が広がり、測り知れない遠い過去に同じ地上で生活した人々が無数に存在し、その体験から得た叡智を役立てたいと望んでいるのです。
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by ice-kiss | 2014-12-08 19:57
(死によって)苦痛と老いと疲労と憂鬱から解放された人を、なぜ悲しむのでしょう。

暗闇から脱して光明へと向かった人を、なぜ悲しむのでしょう。

霊の本来の欲求である探求心を、心ゆくまで満足できることになった人を、なぜ悼むのでしょう。

それは間違っております。

その悲しみには利己心が潜んでおります。

自分が失ったものを嘆いているのです。

自分が失ったものを自分で耐えていかねばならないこと、要するに自分を包んでくれていた愛を奪われた、その孤独の生活を嘆き悲しんでいるのです。
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by ice-kiss | 2014-12-07 21:17

死とは第二の誕生である

“生”を正しい視野で捉えていただきたい。

その中で“死”が果たしている役割を理解していただきたいと思います。

人間は、あまりに長い間、死を生の終わりと考えて、泣くこと、悲しむこと、悼(いた)むこと、嘆くことで迎えてきました。

私たち霊は是非ともその無知 ー 死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なす無知を取り除きたいのです。

そして死とは、第二の誕生であること、生の自然な過程の一つであること、人類の進化における不可欠の自然現象として神が用意したものであることを、理解していただきたいのです。

死ぬということは、生命を失うことではなく、別の生命を得ることなのです。

肉体の束縛から解放されて、痛みも不自由も制約もない自由な身となって、地上での善行の報いを受け、叶えられなかった望みが叶えられる、より豊かな世界へ赴いた人のことを悲しむのは間違いです。
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by ice-kiss | 2014-12-06 21:06
いわゆる因果律というのは、必ずしも地上生活中に成就されるとは限りません。

しかし、いつかは成就されます。

必ず成就されます。

原因があれば結果があり、両者を切り離すことは出来ないのです。

しかし、いつ成就されるかという時期の問題になると、それは原因の性質いかんに係わってきます。

すぐに結果の出るものもあれば、地上生活中には出ないものもあります。

その作用には、情状酌量といったお情けはなく、機械的に作動します。

罪を犯すと、その罪がその人の魂に記録され、それ相当の結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。

それが地上生活中に出るか否かは、霊である私にも分かりません。

それは、様々な事情の絡んだ複雑な機構の中で行われるのですが、因果律の根本の目的が、永遠の生命である“魂の進化”にあることだけは確かです。
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by ice-kiss | 2014-12-05 21:27

大切なのは日常生活

宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが、人間を長い間迷わせてきたようです。

実際は必ずしも、そうとは言えないのです。

ある宗教の熱烈な信者になったからといって、それだけで霊的に向上するわけではありません。

大切なのは日常生活です。

あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。

祭壇の前にひれ伏し、神への忠誠を誓い、“選ばれし者”の一人になったと信じている人よりも、唯物論者や無神論者、合理主義者、不可知論者といった、宗教とは無縁の人の方が、遥かに霊格が高いというケースが、いくらもあるのです。

問題は、何を信じるかではなく、これまで何を為してきたかです。

そうでないと神の公正が、根本から崩れます。
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by ice-kiss | 2014-12-04 21:33
私たち霊が、地上の人々にもたらすことの出来る最高の霊的知識は、人生が“死”をもって終了するのではないこと、したがって苦しい人生を送った人も、失敗の人生を送った人も、屈辱の人生を送った人も、みなもう一度やり直すことが出来るということ、言いかえれば悔し涙を拭うチャンスが必ず与えられるということです。

人生は死後もなお続くのです。

永遠に続くのです。

その永遠の旅路の中で人間は、内在している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮するチャンスが与えられ、同時にまた、愚かにも摂理を無視し、他人への迷惑も考えずに横柄に生きた人間には、その悪業の償いをするチャンスが与えられます。
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by ice-kiss | 2014-12-03 22:14
身体が病むということは、精神か魂のいずれかに不自然なところがあることを意味します。

魂が正常で精神も正常であれば、身体も正常であるはずです。

身体に出る症状は、全て魂と精神の反映です。

これを医学では、心身相関医学などと呼ぶようですが、名称はどうでもよろしい。

大切なのは、いつの時代にも変わらない真理です。

魂が病めば、身体も病みます。

魂が健康であれば、身体も当然健康です。

身体の治療、これは大切ではありません。

魂の治療、これが大切なのです。
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by ice-kiss | 2014-12-02 21:02

真の健康は調和

人間の健康を、動物の犠牲のもとに獲得することは、神の計画の中にはありません。

全ての病気には、それなりの治療法が用意されております。

その神の用意された自然な方法を無視して、動物実験を続けるかぎり、人間の真の健康と福祉は促進されません。

動物は、そんな目的のために、地上に生をうけているのではありません。

真の健康は調和です。

精神と魂と肉体の正しい連係関係です。

三つの機能が一体となって働くということです。

これは動物を苦しめたり、体内から特殊成分を抽出したりすることによって得られるのではありません。
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by ice-kiss | 2014-12-01 20:55

霊訓中の霊訓


by ice-kiss