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ー 幽霊と霊とはどう違うのですか?

「これはとてもいい質問ですよ。

幽霊も霊の一種です。

が、霊が幽霊になってくれては困るのです。

地上の人たちが幽霊と呼んでいるのは、地上生活がとてもみじめだったために、いつまでも地上の雰囲気から抜け出られないでいる霊が姿を見せた場合か、それとも、よほどのことがあって強い憎しみや恨みを抱いたその“念”がずっと残っていて、それが何かの拍子にその霊の姿となって見える場合の、いずれかです。

幽霊騒ぎの原因は大てい、最初に述べた霊、つまり地上世界から抜け出られない霊の仕業である場合が多いようです。

死んで地上を去っているのに、地上で送った生活、自分の欲望しか考えなかった生活がその霊を地上に縛りつけるのです。」
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by ice-kiss | 2014-08-21 21:23
ー あからさまに言えば、取り越し苦労性の人は霊的に未熟ということでしょうか?

「その通りです。

真理を悟った人間は決して取り越し苦労はしません。

なぜなら人生には神の計画が行きわたっていることを知っているからです。

真面目で、正直で、慈悲心に富み、とても無欲の人でありながら、人生の意義と目的を悟るほどの霊的資質を身につけていない人がいます。

無用の心配をするということそのことが霊的成長の欠如の指標といえます。

たとえ、わずかでも心配の念を抱くということは、まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。

もし確信があれば心配の念は出てこないでしょう。

偉大なる魂は泰然自若(たいぜんじじゃく)の態度で人生に臨みます。

確信があるからです。

その確信は何ものによっても動揺することはありません。

このことだけは絶対に譲歩するわけにはいきません。

なぜなら、それが私たちの霊訓の土台であらねばならないからです。」
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by ice-kiss | 2014-08-20 20:52
偉大な仕事ほど困難が伴うものなのです。

霊的な悟りを得ることは容易ではありません。

とても孤独な道です。

それは当然のことでしょう。

もしも人類の登るべき高所がいとも簡単にたどりつくことができるとしたら、それは登ってみるほどの価値はないことになります。

安易さ、のん気さ、怠惰の中では魂は目を開きません。

刻苦と奮闘と難儀の中にあってはじめて目を覚まします。

これまで、魂の成長が安易に得られるように配慮されたことは一度たりともありません。
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by ice-kiss | 2014-08-19 21:28
個々の人間が自分の動機にしたがって決断すればそれでよいのです。

全ての言い訳、全ての恐れや卑怯な考えを捨てて自分一人になりきり、それまでの自分の霊的進化によって培われた良心の声に耳を傾ければよいのです。

その声は決して誤ることはありません。

決してよろめくこともありません。

瞬間的に回答を出します。

(人間的煩悩によって)その声がかき消されることはあります。

押し殺されることはあります。

無視されることもあります。

うまい理屈や弁解や言い訳でごまかされることもあります。

しかし私は断言します。

良心はいつも正しい判決を下しています。

それは魂に宿る神の声であり、あなたの絶対に誤ることのない判断基準です。
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by ice-kiss | 2014-08-18 21:54
神の摂理は絶対にごまかせません。

傍若無人の人生を送った人間が死に際の改心でいっぺんに立派な霊になれるとお思いですか。

魂の奥深くまで染み込んだ汚れが、それくらいのことで一度に洗い落とせると思われますか。

無欲と滅私の奉仕的生活を送ってきた人間と、わがままで心の修養を一切おろそかにしてきた人間とを同列に並べて論じられるとお考えですか。

“すみませんでした”の一言で全てが許されるとしたら、はたして神は公正であると言えるでしょうか。
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by ice-kiss | 2014-08-17 21:41
ー 地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能でしょうか?
全ての人間を愛することは可能なのでしょうか?

「それは不可能なことです。

が、そう努力することはできます。

努力することそのことが性格の形成に役立つのです。

怒ることもなく、つらく当たることもなく、腹を立てることもないようでは、もはや人間ではないことになります。

人間は霊的に成長することを目的としてこの世に生まれてくるのです。

成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。

それは霊界へ来てからも同じです。」
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by ice-kiss | 2014-08-16 20:58

霊界の動物の王国

霊界にも広い広い動物の王国があることをご存知ですか。

そこでは動物界のあらゆる種類が ー 動物も小鳥も ー 襲ったり恐がったりすることなく一緒に暮らしております。

ライオンが子羊と並んで寝そべっても、ケンカもせずえじきになることもありません。

美しい花園もたくさんあります。

そこに咲いている花々はそれぞれの種類に似合った色彩、濃さ、形をしています。

地上では見られない色彩がたくさんあります。

また美しい湖、山々、大きな川、小さな川、豪華な羽毛と目の覚めるような色彩をした小鳥がたくさんいます。

昆虫もきれいな種類のものがたくさんおります。

地上で見かけるものよりは変異しています。

(物質界という)さなぎの段階を通過して、本当の美しい姿を見せているからです。
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by ice-kiss | 2014-08-15 21:02
ー 悪魔はキリスト教が生み出したのでしょう?

「そうです。

自分たちから見て悪と思えるものを何とか片づけるためにはそういうものを発明しなければならなかったのです。

悪も進化の過程の一翼を担っております。

改善と成長 ー 絶え間なく向上せんとする過程の一つなのです。

人間にとって悪に思え苦痛に思えるものも進化の計画に組み込まれた要素なのです。

痛みがなければ健康に注意させる警告がないことになります。

暗闇がなければ光もありません。

悪がなければ善もありません。

地上にもし悪が存在しなければ、何を基準に善を判断するのでしょうか。

改めるべき間違い、闘うべき不正が存在しなければ、人間の霊はどうやって成長するのでしょう。」
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by ice-kiss | 2014-08-14 22:07
ー 神とは何でしょうか?
あるいは何者でしょうか?
それは愛 ー 全ての者に宿る愛の精神、ないしは感覚でしょうか?

「神とは宇宙の自然法則です。

物的世界と霊的世界の区別なく、全生命の背後に存在する創造的エネルギーです。

完全なる愛であり、完全なる叡智です。

神は宇宙のすみずみまで行きわたっております。

人間に知られている小さな物的宇宙だけではありません。

まだ知られていない、より大きな宇宙にも瀰漫(びまん)しております。

神は全生命に宿っております。

全存在の内部に宿っております。

全法則に宿っております。

神は宇宙の大霊です。

神は大生命です。

神は大愛です。

神は全存在です。

僕(しもべ)にすぎないわれわれがどうして主人(あるじ)を知ることを得ましょうか。

ちっぽけな概念しか抱けないわれわれにどうして測り知れない大きさをもつ存在が描写できましょう。」
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by ice-kiss | 2014-08-14 01:37

恐れてはなりません

恐れてはなりません。

われわれの全てに存在を与えてくれている力、地上のために私たちを地上へ派遣してくださっている力、あなた方にみずから体現させてあげたいと私たちが望んでいるところの力は、宇宙の全生命を創造した力と同じものなのです。

それはあなた方の方から見捨てないかぎりあなた方を見捨てることはありません。

地球はこれからもずっと地軸を中心に回転し続けます。

太陽はこれからもずっと輝き続けます。

全ての天体が定められたコースを運行し続けます。

潮は満ち引きを繰り返し、春の後には夏が、夏の後には秋が、秋の後には冬がめぐってきます。

それはその背後で支える力が無限であり誤ることがないからです。

これだけの大自然の見事なスペクタクル(壮観・美観)を目の前にしながらあなた方は、それと同じ霊力が地上世界のことでしくじりを犯すことがあり得ると思われますか。
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by ice-kiss | 2014-08-12 21:27

霊訓中の霊訓


by ice-kiss