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神は人間各自に、決して誤ることのない判断の指標、すなわち道義心というものを与えています。

その高さはそれまでに到達した霊的成長の度合いによって定まります。

あなたが地上生活のいかなる段階にあろうと、いかなる事態に遭遇しようと、それがいかに複雑なものであろうと、各自の取るべき手段を判断する力、つまりそれが自分にとって正しいか間違っているかを見分ける力は、例外なく備わっております。

あなたにとっては正しいことも、他の人にとっては間違ったことであることがあります。

なぜなら、あなたとその人とは霊的進化のレベルが違うからです。

徴兵を拒否した人の方が軍人より進化の程度において高いこともあれば低いこともあります。

しかし、互いに正反対の考えをしながらも、双方ともそれなりに正しいということもあり得るのです。
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by ice-kiss | 2014-06-10 21:56
大半の人間は地上だけが人間の住む世界だと考えています。

現代の生活が人間生活の全てであると思い込み、そこで、物的なものを、いずれは残して死んでいかねばならないものなのに、せっせと蓄積しようとします。

戦争、流血、悲劇、病気の数々も、元はと言えば、人間が今この時点において立派に霊的存在であること、つまり人間は肉体のみの存在ではないという生命の神秘を知らない人が多すぎるからです。

人間は肉体を通して自我を表現している霊魂(スピリット)なのです。

それが地上という物質の世界での生活を通して魂を生長させ発達させて、死後に始まる本来の霊の世界における生活に備えているのです。
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by ice-kiss | 2014-06-09 22:09
あなた方人間こそ“死者”です。

本当の生命の実相を知らずにいるという意味で、立派な死者です。

神の宇宙の美しさが見えません。

地上という極小の世界のことしか感識していません。

すぐ身のまわりに雄大な生命の波が打ち寄せているのです。

愛しい人たちはそこに生き続けているのです。

そしてその背後には幾重にも高く界層が広がり、測り知れない遠い過去に同じ地上で生活した人々が無数に存在し、その体験から得た叡智を役立てたいと望んでいるのです。
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by ice-kiss | 2014-06-09 02:03
苦痛と老いと疲労と憂鬱から解放された人をなぜ悲しむのでしょう。

暗闇から脱して光明へと向かった人をなぜ悲しむのでしょう。

霊の本来の欲求である探求心を心ゆくまで満足できることになった人をなぜ悼むのでしょう。

それは間違っております。

その悲しみには利己心が潜んでおります。

自分が失ったものを嘆いているのです。

自分が失ったものを自分で耐えていかねばならないこと、要するに自分を包んでくれていた愛を奪われた、その孤独の生活を嘆き悲しんでいるのです。
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by ice-kiss | 2014-06-07 21:59

死は第二の誕生

“生”を正しい視野でとらえていただきたい。

その中で“死”が果たしている役割を理解していただきたいと思います。

人間はあまりに長い間、死を生の終わりと考えて、泣くこと、悲しむこと、悼むこと、嘆くことで迎えてきました。

私たちは是非ともその無知 ー 死を生の挫折、愛の終局、情愛で結ばれていた者との別れと見なす無知を取り除きたいのです。

そして死とは第二の誕生であること、生の自然な過程の一つであること、人類の進化における不可欠の自然現象として神が用意したものであることを理解していただきたいのです。

死ぬということは生命を失うことではなく、別の生命を得ることなのです。

肉体の束縛から解放されて、痛みも不自由も制約もない自由な身となって地上での善行の報いを受け、叶えられなかった望みが叶えられる、より豊かな世界へ赴いた人のことを悲しむのは間違いです。
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by ice-kiss | 2014-06-06 22:13
人生は全て法則によって支配されております。

天命・宿命・運命 ー こうした問題は何世紀にもわたって思想家の頭を悩ませてまいりました。

では真相はと言えば、法則の内側にもまた別の次元の法則が働いているということです。

宇宙には何人(なんびと)にも動かしがたい基本的法則がまず存在します。

そして、それとは別に、自由意志を行使できる法則もあります。

ただし、自由意志による行為が原因となってそれ相当の結果が生じます。

それは絶対に避けることはできないということです。
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by ice-kiss | 2014-06-05 22:25
人間生活には三つの側面があります。

まず第一に霊であり、次に精神であり、そして肉体です。

人間としての個性を存分に発揮するようになるのはこの三つの側面の存在を認識し、うまく調和させるようになった時です。

物的世界にのみ意識を奪われ、物的感覚にしか反応を示さぬ人間は、精神的ならびに霊的な面においてのみ獲得される、より大きい、より深い、より美しい喜びを味わうことはできません。

反対に精神的なもの、霊的なものばかりの瞑想的生活から生まれる内的満足のみを求め、この世の人間としての責務をおろそかにする人間は、一種の利己主義者です。
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by ice-kiss | 2014-06-04 22:19
いわゆる因果律というのは必ずしも地上生活中に成就されるとは限りません。

しかしいつかは成就されます。

必ず成就されます。

原因があれば結果があり、両者を切り離すことはできないのです。

しかし、いつ成就されるかという時期の問題になると、それは原因の性質いかんにかかわってきます。

すぐに結果の出るものもあれば、地上生活中には出ないものもあります。その作用には情状酌量といったお情けはなく、機械的に作動します。

罪を犯すとその罪がその人の霊に記録され、それ相当の結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。

それが地上生活中に出るか否かは私にもわかりません。

それは様々な事情の絡んだ複雑な機構の中で行われるのですが、因果律の根本の目的が永遠の生命である“霊の進化”にあることだけは確かです。
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by ice-kiss | 2014-06-03 22:02

大切なのは日常生活です

宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが、人間を長い間迷わせてきたようです。

実際は必ずしもそうとは言えないのです。

ある宗教の熱烈な信者になったからといって、それだけで霊的に向上するわけではありません。

大切なのは日常生活です。

あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。

祭壇の前にひれ伏し、神への忠誠を誓い“選ばれし者”の一人になったと信じている人よりも、唯物論者や無神論者、合理主義者、不可知論者といった、宗教とは無縁の人の方がはるかに霊格が高いというケースがいくらもあるのです。

問題は何を信じるかではなく、これまで何を為してきたかです。

そうでないと神の公正が根本から崩れます。
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by ice-kiss | 2014-06-02 21:51

動物の犠牲

人間の健康を動物の犠牲のもとに獲得することは神の計画の中にはありません。

全ての病気にはそれなりの治療法が用意されております。

その神の用意された自然な方法を無視して動物実験を続けるかぎり、人間の真の健康と福祉は促進されません。

動物はそんな目的のために地上に生をうけているのではありません。

真の健康は調和です。

精神と霊と肉体の正しい連係関係です。

三つの機能が一体となって働くということです。

これは動物を苦しめたり体内から特殊成分を抽出したりすることによって得られるのではありません。
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by ice-kiss | 2014-06-01 22:16

霊訓中の霊訓


by ice-kiss