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我慢のしどころ

“悪”とは何かということを見きわめておく必要があります。

地上生活の究極の目的は“死”と呼ばれている現象の後に待ちかまえている次の生活舞台(ステージ)にそなえて、内部の霊性を開発することにあります。

開発するほど洞察力が深まります。

霊性が開発され進歩するにつれて自動的に他人に対して寛大になり憐れみを覚えるようになります。

これは、悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。

相手は自分より知らないのだという認識から生まれる一種の“我慢”です。

人間は往々にして自分のしていることの意味が分からずに、まったくの無知から行為に出ていることがあるものです。

そこがあなたの我慢のしどころです。

それは悪を放任し黙認してしまうことではありません。

それは我慢ではなく目の前の現実に目をつむることです。

真の意味の寛大さには洞察力が伴います。

そして、いつでも援助の手を差しのべる用意ができていなければなりません。
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by ice-kiss | 2014-04-30 22:18

未熟な人間

私は“悪”とは同じエネルギーの用途を誤っていることだから許すべきではないという考え方をとります。

あなたが“悪い奴ら”と思っている人間は未熟な人間ということです。

その人たちが表現しているエネルギーは成長と改善のためにも使用できるのです。

自分から“悪人になってやろう”“利己主義者になってやろう”と思って悪人や利己主義者になる人はめったにいるものではありません。

悪い人間というのは霊的成長における幼児なのです。

聞き分けのない子供みたいなものです。

目に見え手に触れるものだけが全てだと考え、したがって物的世界が提供するものを全て所有することによってしか自分の存在を主張できない哀れな人間なのです。

利己主義とは利他主義が方角を間違えたに過ぎません。
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by ice-kiss | 2014-04-29 21:43
(善悪の基準について問われて)それは一人一人の問題です。

一人一人の霊的自我の中に絶対に誤ることのない判定装置(モニター)が組み込まれているのです。

正常な人間であるかぎり、言い変えれば精神的・知的に異常または病的でないかぎり、自分の行動と思考を監視する絶対に誤ることのない装置が内蔵されております。

いわゆる道義心です。

考えること、口にすること、行うことを正しく導く不変の指標です。

それがいかなる問題、いかなる悩みに際しても、そのつど自動的に、直感的に、そして躊躇することなく、あなたの判断が正しいか間違っているかを告げます。

それを人間は時としてもみ消し、時として言い訳や屁理屈で片づけようとします。

しかし真の自我はちゃんと分かっているのです。
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by ice-kiss | 2014-04-28 18:07
人間は戦争が起きるとすぐに“なぜ神は阻止してくれないのか”“なぜ未然に防いでくれないのか”とおっしゃいます。

が、人間みずから神の摂理を無視する方向を選択した以上は、その責任は人間にあります。

やりたいことを勝手にやっておいて、その報いを逃れるというのは許されません。

摂理は変えられません。

蒔いたタネは自分で刈り取るのです。

利己主義のタネを蒔けばそれ相当の結果を刈り取らねばなりません。

高慢・嫉妬・怨み・貪欲・悪意・不信・猜疑心 ー こうしたタネを蒔けば、やがて時をへて戦争と困窮と混乱を生みます。
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by ice-kiss | 2014-04-27 17:30
物事は善にもなり悪にもなります。

そこにあなたの選択権、自由意志、決断力、判断力を使用する要素があるわけです。

それは神があなたに与えた神性の一つです。

言い変えれば、あなたは神の操り人形ではないということです。

その判断・決断に際して背後霊は、あなたが正しい選択をするよう精一杯の努力をします。

しかし時には大切な教訓を学ばせるために思い通りにさせることもあります。

が、その裏にはあなたがきっと無傷で立ち直り貴重な叡智を身につけてくれるとの確信があります。
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by ice-kiss | 2014-04-26 17:24
霊性の進化に伴って自然の摂理を悟ってまいります。

その第一の反応として、誤った知識、理性が納得できないもの、全知全能なる神の愛と叡智にそぐわないと直感したものは、恐れることなく捨てることができるようになります。

容器に新しいものを入れるには、その前に古いものを取り出さないといけないのが道理です。

自然な物の考え方を妨げるものは容赦なく捨て去らないといけません。

かくしてあなたの霊性、あなたの魂が進化し、より高い叡智を受け入れる用意が整います。
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by ice-kiss | 2014-04-25 13:07

償いとして得られる喜び

物的身体に宿っているあなたは地上生活を尺度として物事を受け止めます。

地上を去った私たちは地上生活を無限の生命の中のホンの一瞬として位置づけます。

皆さんは何事につけ焦点を間違えております。

苦しんでいる人を見て同情し、その痛みを一刻も早く取り除いてあげたいと思う気持ちはごく自然な情として私もとがめる気持ちは毛頭ありません。

しかし、その時のあなたは“苦しみ”という観点からのみその人のことを考え、苦しみの中で過ごす時間は、その苦しみの償いとして得られる喜びにくらべれば、実に些細なものに過ぎないことにお気づきになりません。
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by ice-kiss | 2014-04-24 13:10
魂が完全に打ちのめされるほどの出来事は決して生じません。

一つ一つの出来事は、いかに困難をきわめるものであっても、魂をいっそう成長させるための手段と心得てください。

現実に数多くの問題と困難に取り囲まれているあなたにとっては、そういう受け止め方は決して容易なことではないでしょう。

が、その場かぎりのとらえ方ではなく、永遠の価値をもつ尺度があることを忘れてはいけません。

それが霊的真理です。

疑念に襲われた時はその真理にしがみつくことです。

人間である以上は煩悩を完全に閉め出すことはできません。

が、だからといってその煩悩を怠慢の言い訳にしてはなりません。

心構え一つで煩悩を力に変えることができるのです。
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by ice-kiss | 2014-04-23 08:20
地上生活の悩み事から逃れることはできません。

必ず生じるものです。

それなしには目的地にたどり着けない、踏み石のようなものです。

人生の嵐を一つ一つ切り抜けていくうちに霊性が強化され、性格が高尚さを増してまいります。

困難こそ霊的な力と成長を身につけさせてくれるのです。

ですから、困難にしり込みしてはなりません。

内部から引き出す力と、外部から引き寄せる力とによって克服していくべき挑戦課題として、堂々と受け入れていくことです。
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by ice-kiss | 2014-04-21 22:07

地上で偉い人

流血の悲劇を何度繰り返してもなお懲りない為政者が牛耳る地上では、それが生み出す苦難や悲哀の中で摂理を学ぶしか方法がありません。

本当は愛と互助の精神を発揮する行為の中で学んでほしいのですが、それができない以上、摂理に逆らったことをして痛い思いをするほかはありません。

地上で“偉い人”が必ずしも霊界でも偉いとはかぎりません。

霊界では魂の偉大さ、霊性の高さ、奉仕的精神の強さが重んじられます。

こうしたものは物的な金ピカの輝きが消えたあとも末永く残ります。
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by ice-kiss | 2014-04-20 17:35

霊訓中の霊訓


by ice-kiss