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無数の人が、獣性をむき出しにした状態です。

そうした状態にどう対処すべきか。

それには二つの方法があります。

二つとも、地上で敬って読まれている本に書かれています。

古い方は“目には目を、歯には歯を”と説き、新しい方は“自分を愛するように隣人を愛しなさい”と説いています。

どちらが良いかは、分かり切ったことです。

前者の方法を取れば、解決は得られません。

緩和剤、一時しのぎの荒治療にはなっても、邪悪や野蛮な行為を根本から無くすことにはなりません。

後者の方法を取り、そうした邪悪が、精神と肉体と魂の不調和から生まれていることを理解し、それを矯正すれば、彼らもまともな市民になるでしょう。

私はこの方法をお勧めします。
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by ice-kiss | 2017-12-14 19:47

動物実験の全てに反対

私たち霊は、動物実験の全てに反対しています。

そこに何一つ正当化すべきものはありません。

動物はあなた方人間が、保護し世話すべきものとして、地上に存在しているのです。

その成長と進化を促進する責任が、全面的とは言えませんが、人間に託されています。

その無力な動物に苦痛を与えることは、動物が人間に示す愛と献身と忠誠に対する、あまりにひどい報復です。

治癒力は、自然界に様々な形で存在し、使われるのを待っています。

動物界の創造と進化を、そんな形で邪魔しなくてもいいように、必要なものは創造主がちゃんと用意しています。
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by ice-kiss | 2017-12-13 20:27
地上にはこれまで、あまりにも間違いが多すぎました。

間違った神を信じてきました。

あまりに長い間、叡智を拒絶してきたために、全ての間違いを正すには、たゆまぬ忍耐で臨むしかありません。

人格を持った神という考えは、いつの時代にも個人だけでなく、民族、人種、国家にも、それを導く霊がいるという信仰にさかのぼります。

つまり、知識が今ほど広がることのなかった時代には、霊界から時どき姿を見せる指導者を、畏怖の心で崇めました。

そして、それがいつの間にか、神の座に祭り上げられたのです。

それだけのことです。

地球の歴史で、人類の痕跡のあるところには、必ずそうした信仰があるといってよいでしょう。

そして遠くさかのぼるほど、その信仰には神話と寓話がごたまぜになっています。
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by ice-kiss | 2017-12-12 22:09
一 どうすれば霊媒や霊視能力者になれるのですか?

「神のために奉仕する人は、全て神の霊媒です。

どうやって魂を向上させるか。

これは改めて説く必要はないでしょう。

これまで何回も、繰り返し説いているからです。

自分を愛するように隣人を愛しなさい。

人のために役立つことをしなさい。

自分を高めることをしなさい。

何でもよろしい。

内部に宿る神性を発揮させるようにしなさい。

それが最高の霊媒現象です。

霊視能力者になる方法よりは、神の光が見えるように、魂の眼を開く方法を教えましょう。

それも今言ったのと同じです。」
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by ice-kiss | 2017-12-11 20:22
一 世俗から隔絶した場所で、瞑想生活を送る人がいますが、あれで良いのでしょうか?

「良いという言葉の意味次第です。

世俗から離れた生き方は、心霊能力の発達には好都合で、その意味では良いと言えます。

が、私たち霊の考えでは、世俗の中で生きながら、それでいて世俗を超えた生き方の方が遥かに上です。

つまり、霊的レベルにふさわしい、努力と忍耐と向上を通じて、他人のために尽くすことが、人間本来のあるべき姿だと思います。」

一 世俗から離れた生き方は、自分のためでしかないのですか?

「一番偉大なことは、他人のために自分を忘れることです。

自分の能力を発達させること自体は良いことです。

が、開発した能力を他人のために使うことの方が、もっと大切です。」
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by ice-kiss | 2017-12-10 20:15
あなたが愛し、あなたを愛してくれた人は、あなたを見捨てません。

愛情の届く距離を半径とした円の中で、常にあなたを見守っています。

時には近くもなり、時には遠くもなるでしょう。

が、去ってしまうことはありません。

その人たちの念が、あなたを動かしています。

必要な時は強く働くこともありますが、反対にあなたが、恐怖や悩みや心配で壁を作り、外部から近づけなくしていることがあります。

悲しみに涙を流せば、その涙が霊まで遠く流してしまいます。

穏やかで安らかな心、希望と信念と自信に満ちた、明るい雰囲気に包まれている時は、多くの霊が寄って来ます。

私たち霊は出来るだけ、人間との接触を求めて近づこうとしています。

どれだけ近づけるかは、その人の雰囲気、成長や進化の程度次第です。

霊的なものに一切反応しない人とは接触できません。

霊的自覚、悟り、霊的活気のある人とは、すぐに接触でき、一体関係が保てます。
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by ice-kiss | 2017-12-09 20:03
私たち霊が住む光の世界とは対照的に、あなた方人間の世界は、暗くて冷たい、じとじとした世界です。

あなた方は太陽の本当の姿、本当の光を見たことがありません。

あなた方が見ているのは、その粗末な模造に過ぎません。

月が太陽の光を反射して輝くように、あなた方の目に映っている太陽は、私たちの太陽のかすかな反射程度に過ぎません。

たとえるなら、こうして地上に降りてきた私は、カゴに入れられた鳥のようなものです。

用事を済ませて地上から去る時の私は、鳥カゴから放たれた鳥のように、果てしない宇宙へ喜んで飛んで行きます。

死ぬことは、鳥カゴという牢獄から解放されることなのです。
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by ice-kiss | 2017-12-08 19:54

死後の目覚め

死後の目覚めは、理解力が芽生えた時です。

霊的知識があれば、目覚めはずっと早くなります。

その意味でも私たちは、無知と誤解と迷信と誤った教義と神学をなくすべく闘わなければならないのです。

それが霊界での目覚めを妨げるからです。

そうした障害物が取り除かれない限り、魂は少しずつ死後の世界に慣れるしかありません。

長い長い休息が必要になるのです。

また、地上に病院があるように、魂に深い傷を負った人を霊界で看護しなければなりません。

反対に人によく尽くした人、他界する時に愛情と祈りを受けるような人は、そうした善意の波長を受けて、目覚めが促進されます。
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by ice-kiss | 2017-12-07 19:59
死ぬことは悲劇ではありません。

今その地上で生きていることこそ悲劇です。

神の庭が、利己主義と強欲という名の雑草で、足の踏み場もなくなっている状態こそ悲劇です。

死ぬことは、肉体という牢獄に閉じ込められていた魂が自由になることです。

苦しみから解き放たれて、本来の姿に戻ることが悲劇でしょうか。

言葉で説明できない、天上の色彩を見たり、天上の音楽を聞けるようになることが悲劇でしょうか。

痛みを知らない身体で、一瞬のうちに世界を駆け巡り、霊界の美しさを満喫できるようになることを、あなた方人間は悲劇と呼ぶのですか。

地上のどんな画家も、霊界の美しさを地上の絵の具では表現できないでしょう。

どんな音楽家も、霊界の音楽を少しも表現できないでしょう。

どんな名文家も、霊界の美しさを地上の言葉で綴ることは出来ないでしょう。

そのうち、あなた方も霊界に来ます。

そして、その素晴らしさに驚くでしょう。
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by ice-kiss | 2017-12-06 20:37
霊界は人間の言葉では表現できません。

たとえるものが地上にないのです。

あなた方人間が故人と呼んでいる人の方が、本当の生命について遥かに多くを知っています。

霊界に来て、芸術家は地上で求めていた夢を全て叶えることが出来ます。

画家も詩人も思い通りのことが出来ます。

才能を存分に発揮できます。

地上の抑圧からきれいに解放され、神から与えられた才能が他人への奉仕のために使われるのです。

霊界では、インスピレーションを表現するために、言葉という粗末なものを使いません。

心に思うことが霊の言語であり、それが電光石火の速さで知られるのです。
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by ice-kiss | 2017-12-05 20:09

霊訓中の霊訓


by ice-kiss