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「人間に可愛がられた動物は、霊界でずっと待ち、その人が他界してきた時に出迎えます。

永遠に消滅することのない個的存在を与えてくれた人ですから、必要な限りずっと待っています。」

一 全ての動物は、人間との縁を通して個的存在を得るようになっているのですか?

「そうです。

人間が動物に対する愛を発揮すればするほど、動物も愛を発揮するようになり、聖書の中のオオカミと小羊のように、人間と動物が並んで寝そべるようになります。」
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by ice-kiss | 2017-04-29 22:05
若者は一筋縄ではいきません。

この交霊会に参加している人の誰一人として、若い時に大人を手こずらせなかった人はいません。

大人になるにつれて、若者特有の反抗的性格が薄らいでいきますが、若い時は大人が世の中をめちゃくちゃにしている、自分が建て直すのだと思っていたはずです。

が、成長して理解力が芽生えると、知らず知らずのうちに恩恵を受けていることが沢山あることに気づいて、感謝しなければならないと思いはじめます。

こうしたことも両極の法則、バランスの原理の一つです。

つまり若い人と年配の人がそれぞれの役割を持ち、男性と女性の関係と同じく、補い合うようになっているのです。

全生命は完全なバランスで成り立っています。

それぞれの存在が正しく行動すれば、全体が調和するようになっているのです。

ですから年輪を重ねた大人は、大らかな心、ゆとりある態度で、これから数々のことを学んでいく若者を見守らねばなりません。
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by ice-kiss | 2017-04-28 21:46

恵まれない人を救う能力

人間一人一人、異なっていながら根源は同じです。

同じ神によって命を与えられているからです。

が、表現の仕方は多岐に渡り、全く同じ個性は二つと存在しません。

しかも神からの贈り物として、自分より恵まれない人を救う能力も与えられています。

あなたも例外ではありません。

その能力を発達させるのが、あなたの義務です。

必ずしも霊的能力に限りません。

他にも全ての人間が持ち、世の中を豊かにする才能がたくさんあります。

全ての人間がそれぞれ、与えられている才能を発揮すれば、どれだけ世の中が明るくなるでしょう。
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by ice-kiss | 2017-04-28 00:56
私の教えを世間に公表する時に、私のことをまるで全知全能であるかのように紹介しているために、私もそれに恥じないように努力しなければなりません。

しかし実際、私は永遠の真理を少し学んだだけです。

それを受け入れる用意の出来た地上の人たちに、分けてあげようとしているところです。

そこが大切な点です。

受け入れる用意が出来ていないと駄目なのです。

真理は、心を固く閉ざした人の中には入れません。

受け入れる能力のあるところに居場所を見つけるのです。

真理は神と同じく無限です。

あなたが受け取る分量は、あなたの理解力次第です。

理解力が増えれば、さらに多くの真理を受け取ることが出来ます。

しかも、この宇宙について全てを知り尽くすことは、いつまでたっても出来ません。
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by ice-kiss | 2017-04-26 22:05
簡単な方法で得たものは、簡単に捨て去られるものです。

霊的向上の道は長く、ゆっくりとして、困難です。

霊的褒賞は、奮闘努力と犠牲によって得られるのです。

霊的向上に近道はありません。

即席の方法はありません。

奮闘努力の人生の中で、魂が必死の思いで手に入れなければなりません。

聖者が何年もの修行の末に手にしたものを、利己主義者が一夜のうちに手にすることが出来たら、神の法則はまやかしだったことになります。

それはまさしく神の公正を愚弄するものです。

一人一人の魂が努力によって、成長と発達と進化を達成しなくてはならないのです。
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by ice-kiss | 2017-04-25 23:17
肉体が滅びるのは物質で出来ているからであり、魂が離れるからです。

老いも若きも地上の全ての人間が学ぶべき大切な教訓は、スピリットこそ全生命活動の基本だということです。

地上人生で、より大きな安らぎ、より一層の宿願成就のカギを握るのは、その霊的原理をどう応用するかです。

つまり慈悲、慈愛、寛容、協力、奉仕といった霊的資質を少しでも多く発揮することです。

人間世界の不幸の原因は物質万能主義、つまり欲望と利己主義が支配していることです。

我欲を愛他主義に置きかえないといけません。

利己主義を自己犠牲に置きかえないといけません。

恵まれた人が恵まれない人に手を差しのべる社会にしないといけません。

それが今より大きな平和、協力、思いやりを招く方法です。
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by ice-kiss | 2017-04-24 22:00
定められた人生模様の枝葉末節なら変えることが出来ますが、その基本のパターンを変えることは出来ません。

定められたコースを、自分で切り抜けなければなりません。

ただ地上の人間は一人の例外もなく、絶対的支配力である霊力の恩恵にあずかるチャンスが与えられています。

自ら求めない限り、永遠に暗闇の中で苦しめられることはありません。

何よりも動機が最優先されます。

その行動が正しいか間違っているかは、動機次第です。

その法則は動かしようがありません。
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by ice-kiss | 2017-04-23 21:03

安楽死の決定権

安楽死の決定権は、もともと医者に与えるものではないのです。

現実を見て下さい。

大半の医者の物の見方は唯物的です。

その医学的知識は、人間が身体のほかに精神と魂から成り立っていることを知らない、唯物思想が基本となっています。

少なくとも医学界では、人間は脳を中枢とする身体、それに多分ある種の精神的なものを持った物的存在であり、魂についての理解はゼロに等しいのです。

そうした、人生で最も大切なことについて全く無知な人たちに、そのような生死に関わる決定権が、どうして与えられるでしょう。
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by ice-kiss | 2017-04-22 21:59
苦しみには目的があります。

苦しみはなくてはならない大切なものです。

なぜなら、それを通じて魂の目が開き、隠れた力が呼び覚まされ、その結果として霊的に時には身体的に強くなっていきます。

そうなるべきです。

多くの人にとって苦しみは、人生を別の視点から見つめさせる、大きな触媒です。

どんな症状の患者でも、簡単に不治と片付けてはいけません。

その態度は間違っています。

地上の格言にも “生命ある限りは希望がある” というのがありますが、これは真実です。

魂が宿っている限り、元気を回復させ、再充電し、ある程度まで機能を回復させることが出来ます。

自然法則が自然に働けば、身体は死ぬべき時に自然に死にます。

魂に身体から離れる準備が出来たからです。
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by ice-kiss | 2017-04-21 22:06
「魂が身体を生かしている限り、両者のつながりは維持されます。

魂と身体をつないでいるコードが切れると、魂は身体から解放されます。

身体の死を迎えた人にとっては、霊的生活の始まりであり、地上へ誕生する霊にとっては、物的生活の始まりです。」

一 今にも死にそうな人が、機械によって生き長らえている例をよく耳にします。

「魂が身体から離れる時が来たら、地上のどんな機械でも、それ以上つなぎとめることは出来ません。

一旦コードが切れたら、魂をもう一度つなぎとめる力は誰にもありません。

その時点で肉体の死が起きたのです。」
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by ice-kiss | 2017-04-20 21:39

霊訓中の霊訓


by ice-kiss