全ては良きに計らわれているという信念

人間の限られた能力では一つ一つの事態の意義が判断できません。

ですから判断できないところは、それまでに得た知識を土台として、全ては良きに計らわれているという信念で補うしかありません。

しかし、所詮、そこから先のことは各自の自由意志の問題です。

自分の生き方は自分の責任であり、他の誰の責任でもありません。

他人の人生は、たとえ肉親と言えども代わりに生きてあげるわけにはいかないのです。

その人がしたことはその人の責任であって、あなたの責任ではありません。

もしそうでなかったら、神の判断基準は、地上の人間の公正な観念よりお粗末であることになります。

自分が努力した分だけを霊的な報酬として受け、努力を怠った分だけを霊的な代償として支払わされます。

それが法則であり、その作用は完璧です。
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by ice-kiss | 2016-05-19 21:58

霊訓中の霊訓


by ice-kiss