口先だけの文句はどうでもよいのです

ラベルはどうでもよいのです。

形式はどうでもよいのです。

口先だけの文句はどうでもよいのです。

大切なのは“行い”です。

“行為”です。

つまり各人の毎日の“生活”そのものです。

私たち霊は、因果律という絶対的な摂理を説きます。

つまり誰一人として、その神の摂理のウラをかくことは出来ません。

ごまかすことは出来ません。

自分が自分の救い主であり、贖(あがな)い主であり、自分の過ちには自分が罰を受け、善行に対する報酬も自分が受けると説くのです。

また、神の摂理は機械的に機能し、自動的に作用すると説きます。

すなわち親切、寛容、同情、奉仕の行為が、自動的にそれ相応の結果をもたらして霊性を高め、反対に利己主義、罪悪、不寛容の精神は自動的に霊性を下げます。

この法則は変えようにも変えられないのです。

みっともない執行猶予も、安価な赦免もありません。

神の公正が、全宇宙に行き渡っております。

霊的な小人が、巨人のふりをしてもごまかせません。

死の床での悔い改めも通用しません。
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by ice-kiss | 2015-02-20 22:11

霊訓中の霊訓


by ice-kiss